ルナマリアが落ち着かない。

落ち着かないというか、苛立ってる。

巻き込まれた俺はルナマリアと射撃場に来ていた。

的でも打ち抜いてすっきりしようというのが魂胆だろうが・・・

「ああ!なんなのよ!!全然当たらないじゃない!!」

こんな様子で発散するどころか、更にためているだけの気もする。

(当たり前だよ、そんなに腕振ってれば。あーあ、不得意な射撃で発散しようとしなきゃいいのに)

それもこれもとレイがプラントから帰ってきてからだ。

レイが上官に敬語を使わなくなっていたし、二人が妙に仲がよかったから。

ため息をつくと白い息が空へと消えた。











椿姫
・・・山茶花・・・










とうとう、明日、任期である一ヶ月が終わろうとしていた。

(・・・やるべきことはやったよね)

この一ヶ月を振り返りながら、上への報告書を進めていた。

なかなか快適だったこの部屋、この施設、そして彼らとも明日でお別れだ。

自分がミネルバの乗員にならない限りは会える可能性は低くなる。

(なんだか寂しいような、だよね)

結局終わってみれば自分自身もずいぶん楽しんでいた。

今まで、なるだけ人との接触を避けていたので、こういった環境がとても懐かしい。

あのころに戻ったような感覚だった。

何も知らなかった、大変だったけど、皆で笑い合って生きているだけだったあの日々に。

「あー!また後ろ向きになってるー!!」

大きく声を出して沈み始めた気持ちを吹き飛ばそうとする。

自分は前を見ると決めたのだ。

過ちを受け入れ、囚われ続けない。

そうやって生きればいいと教えてくれた人がいたのだから。

は引き出しを開けて一番上に入っていた写真を二枚取り出した。

一枚は先々週、デジタルカメラを持ってきたルナマリアが皆で撮ろうと言い出したときのもので、

もう一枚はクルーゼ隊入隊記念にとニコルのカメラで撮ったものだ。

一枚目の最近の写真を見ると、眉間に皺が寄ったままで写真に写っているレイの姿があった。


「少なくともお前は違うんだろう。それをちゃんと分かっている。分かっているやつは道をもう違えない。」


最後の最後まで写真に入ることを渋っていたレイに微笑みながら二枚目へとめくる。

「まさか、同じことを言う人がいるなんてね、ビックリしたわよ」

そう言ってアスラン、イザーク、ディアッカとなぞっていった。

(皆、ありがとう)

デスクの上においてあったカップを手に取ると口をつける。

ぬるくなっていたコーヒーに顔をしかめた。

仕方なく報告書に目をやると意外にもあまり進んでいない。

「・・・コーヒーでも入れなおそうかな」

大きくため息をつくと立ち上がり、簡易キッチンへ向かおうとした時、ドアをノックする音が聞こえた。

が返事をすると落ち着いた声が聞こえてくる。

「夜遅くにすまない。大丈夫か?」

その声は先ほど感謝を述べた青年の一人だった。

はカップを持ったまま扉のほうへ行き、ロックを解除する。

「どうしたのレイ?」

シュっとドアが開くと、まだ赤服のままのレイが少し視線をずらして立っていた。

立ったまま何も言ってはこない。

実は夜遅くに訪ねることすら失礼だとわかっていたが、まさか明日シンたちの前で、というわけにもいかなかったので、

仕方なく覚悟を決め緊張しながらも部屋をノックのだが、 正直、レイはあせっていた。

その証拠にうまく言葉が出てこなかった。

は軽く首をかしげると手を部屋のほうへ向ける。

「中入る?」

「あ、いや」

「いま、コーヒー入れなおそうと思ってたところだったから、一人じゃなんだから飲んでって?」

そう言って強引にレイを部屋に招きいれてしまったのだ。

の部屋は思ったより閑散としていて、ルナマリアやメイリンのような女の子らしい私物は見当たらなかった。

唯一、壁にかかっていたコルクボードに友人と撮っただろう写真がたくさん貼られていたそれが部屋の装飾品だった。

レイはあまり変わっていないの姿を微笑みながら見ている。

アカデミーのもの、ザフトでのもの、私服のもの、ラクスや家族とのもの、地球軍やオーブの制服を着ている人のまである。

どれもこれも写真には笑顔があふれ、そんな環境で育ってきたのか容易に想像ができた。

レイはそっと微笑むをなぞった。

「レイ?」

名前を呼ばれ慌てて振り返るとカップを二つ持ったが立っている。

「面白い写真でもあった?」

「いや、珍しいとおもったから」

「あーオーブはともかく、地球軍の人の写真とかはあまり見ないもんね」

そうじゃないと言おうとしたが、ややこしくなりそうだったのでその話はあいまいに濁して終わらせた。

レイはカップを受け取ると周りを見渡す。

部屋にはデスクとベットしかない。

このまま立って飲むしかないのかと口をつけようとしたとき、が笑い出した。

「あはは、ごめんね。部屋にお客さん呼ぶなんてことなかったから。適当にベットにでも座ってて」

そう言って隅においてあった箱を持ち上げベッドの前に置く。

テーブル代わりにでもしようということだろう。

はカップを置くと箱の前に腰を下ろした。

レイはまだ立ちすくんでいる。

確かに覚悟を決めたとはいえ、こうもあっさり中まで通された後、椅子がないから”適当にベッドにでも”と言われればさすがのレイも動揺する。

明らかにそんなことはないとはいえ。

ベッドに目を向けるときれいに整っていた。

「どうしたの?」

床に直接座っているが声をかけるとレイは短く、なんでもない、と答えた。

ここで、妙な態度をとってしまえば逆に変に思われると思ったレイは、相変わらず平然を装いベッドへ腰を下ろす。

カップは手に持ったままだ。

しばらくコーヒーの水面に目をやっていたレイは緊張していたのかのどが渇いたので一口、口をつける。

「!?」

独特の香りと行き過ぎた苦味に一瞬硬直した。

「美味しいでしょ?バルトフェルトさんのコーヒー!もう、あたしこのコーヒーじゃないと駄目でね」

その、当たり障りなく言えば独特のコーヒーを本当に美味しそうに喉に通している。

レイは信じられないものを見るような目でを見てしまった。

勇気を出してもう一度と、カップに目を落としたが、あの味が口の中に再びよみがえり、苦々しい顔をしてカップを箱の上に置いた。


彼女はあれから変わった様子はなかった。

プラントで自分に見せたような弱弱しいは見ていない。

笑いかたも普通だし、よくしゃべる。

あまりに何もなかったような雰囲気なのでプラントへ言った事事態が自分の気のせいだったのではないかと思うほどだ。

そこで、ふとクライン低で頬に触れた唇の感触を思い出してしまった。

(・・・何を考えているんだ俺は)

あの時、知ったこの人の弱さも、悲しみもしっかり受け止めようと思った気持ちは嘘じゃないのに、どうしても今のの様子を見ていると夢のようだった。


は空になったカップを両手でまわしている。

「レイ、あのさ」

「なんだ?」

「あたし、閉じこもってるのもうやめようと思って」

毎度のことだが、やはりのいっている意味が分からなかった。

「後ろで頭使ってごちゃごちゃやってるより、真正面からやるほうが性にあってると思うのよね」

だんだんとその言葉の意味が分かってきたレイは顔をしかめる。

「前線に戻るつもり」

覚悟を決めた顔でレイをみた。

レイは眉間の皺をより深くする。

「今更、時代遅れのポンコツが戻れるかは分からないけど、今、掛け合ってるところ」

そう言って彼女はデスクの上に置かれたノートパソコンを指した。

「どうして?」

「レイ、言ってたでしょ?一生懸命生きてる。それでいいって。で、考えたの。じゃあ、あたしは本当に一生懸命生きてるか。

 ・・・生きてないわよね。きっと、あの戦いが終わってザフトに戻ってきたのに、それでも往生際悪く逃げてただけだと思うの。」

「俺が言ったんだというんなら、その言葉取り消す」

「違う。レイがくれた言葉は救いであって、きっかけでしかないの。だから自分で決めたことだから」

その言葉はレイをなだめるように言っているようにしか聞こえなくて、レイは視線を落とした。

は腰を上げ、レイの隣に腰を下ろす。

「なんか勘違いしてない、レイ?あたし、死ににいくんじゃない、生きるために戦うの」

「・・・」

組んでいたレイの手にの手が重なる。

とても暖かいと感じた。

もしかしたら自分の手が冷たかったのかもしれない。

「その勇気をくれたのはレイなんだから」

「俺は」

レイは重ねていたの手をゆっくりと外した。

「俺は」

戦ってほしくない。

そう言いたかったが飲み込んでしまった・

死ににいくんじゃない、そうは言っていても今までとは違い戦いに出るのだ。

今まで以上に死の危険は必ずある。

今、目の前にいるがいなくなってしまったら。

レイは考えるのが怖かった。

でも

「俺はなら大丈夫だと思う」

その言葉を聞いての表情はパッと明るくなった。

「お互いがんばろう」

「ああ」

自分の言ったことを後悔したレイはそう短く言うとレイは立ち上がり、そのままドアまで向かおうとする。


カシャン


不意にレイから何か落ちては拾った。

その存在を忘れていたレイは慌てて振り返る。

「わぁ、きれい」

落ち着いたシルバーに小さなマカライトストーンのついたシンプルなネックレスだ。

の手にあるネックレスを見てレイは眉を寄せた。

「はい、レイ」

差し出されたネックレスをレイは受け取る。

これを渡すためにこの部屋を訪れたはずだったのに。

自分にはプレゼントをする資格すらないような気がしてしまった。

でも、渡さなければ、もっと後悔するかもしれない。

レイは受け取ったネックレスの留め具を外し、の首へつけた。

一連の動きをきょとんとした顔で見ていたは思わず噴出してしまう。

レイは何が面白いのか分からなかった。

「まったく同じことされたことがあってね。誰にだと思う?」

同じことといわれレイはピクリと動く。

「俺が分かると思うか?」

「アスラン・ザラ」

またその名が出てくるとは思わなかった。

「・・・じゃあ、いらないないな」

レイが手を伸ばして無理やり取ろうとしたが、がしっかりとネックレスを守ったのでそれは叶わなかった。

「いらないって言ってないじゃない」

「ひとつあるなら、もうひとつあっても仕方なだろう」

「だって、そのときは返したもの、アスランに」

「返した?」

「そ。でも、これは返しません」

それはどういう意味だろう。

しばらく考えるように目をそらしていたが、やがてレイは小さく息を吐いた。

「好きにすればいい」

もらってくれるというのなら別にかまわないだろう。

あのアスラン・ザラからは受け取らなかったのに自分のは受け取ってくれたのだ。

それだけで十分レイは嬉しかった。

それから、二人はあの壁の写真のように笑い合った。





翌日、の出発の日。

他のもの達はそれぞれの仕事があるだろうとは見送りを断った。

結局、ポートにはシン、レイ、ルナマリアの三人だけが来ている。

レイは先ほどから刺さるような視線を感じていた。

「何で俺を睨みつけてるんだ、ルナマリア」

「何で?何でって言ったわね。それはこっちの台詞よ!!なんであんた昨日、あんな夜遅くにの部屋から出てきたわけ?」

「ええぇぇえぇ!!」

掴み掛かりそうなルナマリアの勢いに先に反応を示したのはシンだった。

かれは同室にもかかわらず昨晩、レイがいなくなっていたことにすら気づいていなかったのだ。

レイは一番面倒なやつに見られたと目をそらす。

「目をそらしたわね!!白状しなさいよ!何しに行ったの!事と次第によっては、許さないからね!!」

「どう許さないんだ?」

「二人ともやめろよ!!」

シンは間に入ったが内心はルナマリア側だった。

何をしていたのか気になって仕方がなかったのだ。

「おー皆、おそろいで!見送りいいって言ったのに」

ちょうどいいタイミングでがポートに現れた。

険悪なムードのルナマリアとレイの空気に困ったように笑う。

「何、けんかでもしてたの?」

横目でレイを睨んでいたルナマリアがその視線をへ向けた。

「ねぇ、なんで昨日の部屋からレイがでてきたわけ?」

「え?」

「俺が部屋から出てきたところを見たらしい」

「あ、ああ。」

「どういうことなの?二人は付き合ってるわけ?!」

「話が飛びすぎてるよ、ルナマリアー。昨日はたまたま眠れないときに会ってコーヒーご馳走してただけ。それにレイとあたしじゃつりあわないわよ」

コーヒーと言われてレイは昨日のあの味がこみ上げてきて顔をしかめた。

リナマリアの表情は明るくなり、の手をぎゅっと握った。

「そうよね、レイなんかにはもったいなさ過ぎるわ!」

語尾に力を入れてレイを睨みつける。

「あーいやいや。意味逆だから」

レイが自らの自室へきたとなれば、ルナマリアの怒りは計り知れないものだと思って誤魔化してくれたのだろう。

それから、いつもの休憩時間と変わらぬ他愛もない会話をした。


出発10分前を告げる放送が入る。

「そろそろ行かないと。本当に皆ありがとう」

は深々と頭を下げた。

三人は敬礼で返す。

「申し出は受理されたから、プラントに戻ったら正式にパイロットに志願しなおすつもり。

 次に会うときはミネルバか宇宙になると思うけど、そのときはまたよろしくね」

「よろしく」

「こちらこそ」

シンとルナマリアが敬礼をしたまま微笑んだ。

一人返事をしなかったレイの方を見る。

「レイはよろしくしてくれる?」

「・・・ああ」

そう言ってレイはに近づき、あの時、プラントでされたように、今度はレイが右のほおにキスをした。

ルナマリアは信じられないように目を開き、シンは呆然としていた。

意味を知っているだけはにっこりと笑っている。

「また必ず会えるように」

「おなじない、ね」

にやでも、ふっでもない微笑を浮かべるレイに何も知らない二人はさらに驚いた。

そしてすぐに再度、出発を告げる放送が入り、は身を返しす。

「じゃ、またねー」

手を振りながらポートの奥へと消えていくにレイは小さく

「また、必ず」

と言って、自分もすぐにきびすを返した。

また必ず、

そのときには、きっと彼女につりあうようになっていなくては。

レイはしっかりと前を見据え進みだした。





それからしばらくして二人はやっと我に帰り、顔を見合わせる。

そこにはすでにの姿もレイの姿もなかった。

リナマリアはわなわなと振るえ出す。

「何!!何なのよあれ!!シン、レイ探すわよ!!絶対聞き出すんだから!!!!!」

シンは黙って頷き、二人はどこかにいるはずのレイを見据え走り出した。





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