「ちっ、地球軍最強MSーG、やっぱりヘリオポリスにあったか…」


暗闇に吐き捨てたような声が響く。















どうかこの声が

貴方に



どうかこの声が

君に




届きますように














call 【作られた日常】















ヘリオポス工業カレッジキャンパス、中庭。

生徒たちが行き来する中庭は、たくさんの笑い声と話し声が飛び交っている。

その周りの雑音を避けはキラの隣に座り、耳だけでパソコンから流れてくるニ ュースを聞いていた。

ざわついているカレッジの中でキラとの周りはキーを叩く音と、

 メインではなく、左端に別に開かれたニュースの声だけ が耳に入ってくる。

ノイズ交じりの映像と音には不快そうに眉を寄せ、膝を抱えていた手に力をこめた。

「今度は華南…か」

「ん?何、どうかした、?」

「ん〜ん、独り言。ところでそれまだ終らないのキラ?」

は力を込めた手を見つめたまま、キラとの会話を続ける。

だんだんキーを叩く音が投遣り気味に聞こえてきてニュースよりも気になり始めた。

キラはパソコンに目を落としたまま眉をよせる 。

そのままちらりとこちらを見て苦笑いを浮かべた 。

「ごめんね。でも昨日頼まれたばかりなんだよこれ」

「キラが断れないの知っててカトウ教授頼むからね〜」

「それはがはっきり断るから、矛先が僕にばかり向くんだよ」

「だってやりたくないし…あ、トリィだ」

「ちょっと、話をはぐらかさないでよ」

そんな言葉はの耳には届いてなかった。

その視線はすでに空を優々飛んでいるトリィに心を奪われていたのだ。



トリィ


キラが月の幼年学校時代の友人にもらった鳥型ロボットはのお気に入りである。

(僕の話よりトリィか・・・恨むよアスラン)

どうしても勝ち目がないような気がしてならない勝負に肩をすくめ、もう、何年もあっていない友人に毒づいた。

トリィは翼を広げ空を大きく旋回しての肩に止まる 。

声に反応して首を傾げる姿が愛らしい。

は指の上を移動させて遊んでいる。

その子供の様に微笑みながら遊ぶを見て、キラも自然と顔が綻んできた。

「トリィはにすごいなついてるよね?」

「そうかな?」

「うん。僕…」



「キラ〜!」



「あ、トールとミリィだ!ほらキラ!」

向こうから歩いてくるトールとミリアリアには立ち上がり大きく手を振る。

それを尻目にキラはまた少し肩を落とした。



(…どうして、こう障害が多いんだろう)



いつも色々とタイミングを掴み損ねる。

(・・・きっとタイミングだけの問題じゃないんだと思うけど)

誰にも聞こえないような小さなため息をついた。



この胸に秘めた思い。



3ヶ月前、他カレッジから途中特別編入でカトウゼミに入っていきた少女。

「はじめましてこれからカトウゼミでお世話になります、といいます !

 隠しときたくないので先に言っておきますがあたしコーディネーターです!よろしく」

転入初日、彼女の突然の告白にゼミ生皆が目を白黒させた。

それでも僕が一番びっくりしてたんじゃないかと思う。

・・・ココが中立と言えど時代が時代だから。

(中立だからナチュラルとかコーディネーターとかあまり関係ないけど…僕だってそうだし、でも・・・)

それでも少なくともキラにとって彼女は鮮烈であった。

初対面なのにも関わらず自分が何者であるか、

 その何事も恐れないように真っ直 ぐ見据えられた綺麗な瞳がとても印象的で

今考えれば、キラはその時すでに心を奪われていたのかもしれない。



それから少しずつ二人で話す事が増えてきた頃、がカトウゼミに来たばかりの時の話をする機会ができた。

その頃には気心も知れ、初めの一言が良かったのか、

 同じコーディネーターのキラもすでにいたのであまり気にしない仲間のお陰か

 は何の衝突もなく皆と仲良くやっていた。

でも、気になって仕方なかったキラは、初対面のあの時、

 のあまりにもストレートすぎる発言にびっくりした事を話してみると

「仲良くなりたい、友達になりたい、そーゆーのってやっぱり初めが大切よね。

 隠すとか悩むより、まず自分をさらけだす!何事も当たって砕けろじゃない?

 …ま、あたし の場合は当たって砕ける方が多いけどね」

はぺろりと舌を出してそう言ったのだ。

やっぱりその瞳は曇りもなく綺麗で

 彼女らしい、彼女しか言えないだろうもっともな意見だと何故か嬉しくなった。



そして3ヶ月、重ねていく日々の中で

”彼女の中で特別になりたい”

そんな気持ちがキラの中で確かに根付いていたのだ。



この気持ちを言葉にして打ち明けたら君はどんな顔をするだろう 。

キラはそんな事をふと考える。



肯定?



否定?



でも僕に「当たって砕けろ」と笑えるみたいなそんな勇気はない。

何かが壊れてしまう可能性があるのなら、自分を押し込めてもこのままがいいと思ってしまう。

(弱虫だなぁ、僕は。君みたいになれないよ)

俯いて自嘲気味た笑いを浮かべた。

「ねぇキラ、聞いてる?」

「え?わぁ?」

呼ばれて顔をあげるとの顔が目の前にあってビックリして上体を反らした。

かぁっと熱が上がるのが分かる。

の肩越しにいつの間にか側まで来ていたトール達が視界に入った。

「おいおい、ちゃんと聞けよな〜カトウ教授が頼みたいことあるって探してたぜ」

キラが目を丸くして肩をすくめる。

「ええ!昨日渡されたのもまだだって言うのに」

「な〜に、また手伝わされてるの?」

からかうようにミリアリアが笑い、それに続いても笑い出す。

「あはは、まったく人使い荒いでしょ?」

「だから、逃げたがそんな事言わないでよ…」

「あたしキラ・ヤマト君みたいに優秀じゃないし

 それにキラはできるんだから、もう少しちゃんとやったほうがいいから、ちょうどいいんじゃない?」

じとりと睨んだキラに更にトールとが声を上げて笑い、ミリィが少し申し訳なさそうにくすくすと笑った 。

やがて諦めたキラが寄せていた眉を緩める。



笑い声の中で思い出すのは幼年学校時代の親友、アスラン・ザラ。

(まいったなぁ、また、アスランと同じ事を言うんだもん)

親友だから、自分を分かってくれた人だから言ってくれていた言葉。

ときどき微妙にニュアンスは違うが、その親友を思い出させる台詞をは言う。

そのたびにドキリとさせられていた。



でも、それは何ともいえない幸せで



キラはみんなとは違った意味でくすくすと笑っていた。





キラのパソコンから流れる音声にトールが身を乗り出してくる。

「お!新しいニュースか?」

トールが覗き込んだ画面中央には破壊を続けるジンが写し出され、時たま人の悲鳴が耳をついた。

「ああ、それ?さっきもやってたよ、華南でしょ?」

「え?華南ってここから近いじゃない?大丈夫かな本土」

ミリアリアの顔が露骨に曇る。

平気だよ、ここは中立だぜ、とトールが笑いとばしてる。

も心配しすぎだよ、とミリアリアの肩を叩いた。

(本当にそうだろうか)

そんな会話の中でキラは黙ったままウィンドウを閉じた。












それから、他愛もない話をしながらカトウゼミのラボに向かう途中、

 大学のレンタルエレカポートの前で女の子達が騒いでいるのを見つけた。

その中心にいるひときわ目立つ愛らしく笑う赤い髪の少女。

(…フレイ・アルスター)

キラは頬が熱くなるのが分かった。

フレイは愛らしい容姿に文句のつけ所のない家柄、男子生徒の憧れの的だった。

キラも少なからず気に掻けている一人あるが、そこにはに感じるような特別な感情はない。

だから、キラがフレイに感じるのは言わば憧れで、

 ブラウン菅の奥の人物に恋をするような崇高的なときめきだった。



フレイがとミリアリアの名前を読んだので達とフレイ達は互いに近寄っていく。

フレイの友達が半歩前へ出てからかうように笑った。

「フレイったらサイ・アーガイルから手紙もらったんだって〜なのになんでもないって話してくれないの〜!」

「ちょっとやめてよ!」

怒鳴ったフレイの頬が少し赤くなる。

キラが微妙な表情をした。

「ええ〜!そうなの?!」

「だから、何でもないんだって!」

ミリィも一緒になって騒いでるなかは首を傾げる。

は女の子特有の、こういった手の話が苦手だった。

誰が誰を好きだ。

そういう噂話には興味がなかった。

噂話に参加したり、自分が当事者になるのは勘弁だと思っている。

だからといって女の子がそういう感情を持つのは嫌いだ、というわけではなく、

どちらかといえば好きな部類になるだろう。

あくまで傍観者的立場で見るのが好きであって、

 自分自身が関わりたくもなかったし、関わる気もなかった。

少なくとも今の自分には全く無縁の世界だったのだ。

でも今回、話に参加しないのはそういった理由ではなかった。



(サイ、サイ・アーガイル?…ああ、うちのゼミのサイか)

、今、サイの事忘れてたでしょ?」

キラがの心を読んだように間髪入れずに突っ込んでくる。

は目を反らした。

「何のこと?」

「右眉が下がってる、が悩んでる時の癖」

とんとんとキラが自分の右眉毛を指して下げ笑った。

「でも、サイのことだとは分からないじゃない」

「僕は勘が鋭いから」

キラはさっきのお返しだと言ったような顔でにっこりと微笑む。

本当は「に関しては」と言いたかったが、やはり寸前のところで言葉がのどに引っかかった。

そんなキラとは対照的には苦々しい顔をした。

「うわ、気を付けよう」

は分かりやすいから、無理だと思うよ?」

「それはキラに言われたくないなぁ」

キラとが笑いながら話をしていると後ろから声を掛けられる。

「乗らないのなら、先によろしいか?」

「あ、すいません。どうぞ」

いち早く半身翻したトールに周りの皆も反応し道を開けた。

サングラスをしたいかにも何かありそうな男女が間を通り抜けてゆく。

(大学に似合わない三人組)

が眉をしかめた。



「もう、知らない!行くわよ」

その後もからかわれ続けていたフレイが次のエレカ捕まえると颯爽と乗り込んでいった。

友人達は口々に「待ってよ〜」とからかい口調の抜けない言い方でフレイのあとを追う。

ふとは先度からトールがキラの顔を見ながらにやにやしているのが気になった。

「なにスケベな笑い方してんのトールは?」

「え?してんのはキラのほうじゃなねーの?」

にやにやとしてまたやけに含んだ言い回しをしてきた。

「ぼ、僕がぁ?」

いきなり自分がそうだ、と言われて変な声をあげてしまった。

ミリアリアがふふっと笑う。

「いや〜あのサイがね。いやいや意外だなぁ」

トールは一人で頷きながら話を進めていく。

「どっちにしろ強力なライバルだな、強敵出現だぞキラ!」

力任せにキラの肩を叩いた。

「は?な、何?」

「頑張ってね」と言ったミリアリアと共にエレカに乗り込む。

取り残されたキラと

何となくばつの悪そうなキラがちらりとを見た。

またが右眉を下げている。

(・・・もしかして誤解された)

「ああ、なるほど、そういうわけか」

やっと理解したはポツリとつぶやいた。

キラはその言葉に硬直した。

「応援してるよ」と激励するようにキラの肩を叩いてエレカの助手席の方へ向かう。



完全に誤解された。



キラは少し泣きそうになった。

「ほら、突っ立ってないで早くきなよ」

トールとミリアリアが手を振り、

が自分のシートの隣、運転席を叩いている。

「ちょ、ちょっと待ってよ。僕は別に・・・」

キラも慌ててエレカへ乗り込んだ。

ゆっくりと走り出したエレカはラボに向かう。。

エレカの中では真っ赤になって弁解をするキラを笑いながら聞いている三人の姿があった。







あまりに幸せすぎて、こんな日常があたりまえだと思っていた。

微笑みに囲まれる日常。

普通の日常

しかし、秒読みははじまっていた。





作られた平和が終わろうとしている。










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