物心ついたときには回りは見知らぬ大人だらけだった。 小さな私は顔を上げて、大人たちの顔を見ようとしたけれど、 後ろからあたるライトで、大人たちは影のように真っ黒だった。 必死になって名前を覚えても、そんな事は意味をなさなかった。 だから 初めて、私の同じ高さで手をとって話をしてくれたあなたが あなたが私の全てでした。 COMPOUND:1 「全てのはじまりの日に」 休暇を経て降り立ったヘリオポリスは、相も変わらず平和そのものだった。 の周りでは学生達の笑い声があちらこちらから聞こえてくる。 ここはヘリオポリスの工業カレッジ。 その賑わいも頷ける。 すれ違う生徒たちの様子をはニコニコと眺めていた。 「本当に天気が良くてよかったですね、バジルール少尉」 人口ではあるが、これぐらいの陽気は気持ちのいいものだ。 は横を歩くナタル・バジルール少尉に声をかけた。 ナタルはサングラスをかけている為、眉だけを顰めて顔を向ける。 少しの動作だが黒い艶やかな髪がさらりと揺れた。 「どこで誰が聞いているかわかりません。少尉はお止め下さい」 「だったらまず、一介の生徒に敬語を使うのを止めてくださいね」 「・・・分かりました」 「ほら、また。バジルールさんは本当にキチっとした人ですね」 は地球連合軍、元第七艦隊所属の中尉である。 ナタルより年下ではあるが、階級が上なので、きちんとした軍人家系で育った彼女にとっては、 上官と対等な言葉づかいで話すのは不慣れな事であり、気の引ける事だったのだろう。 色白のナタルの頬が少し染まった。 ぷくく、と後ろでノイマン曹長とトノムラ伍長が笑い声をこらえる声が聞こえる。 ナタルは視線だけで二人を一括した。 二人は口を結んで姿勢を正する。 その様子がおかしくて、は笑ってしまった。 ナタルが「中尉まで・・・」とまた眉を顰める。 連合軍に所属する彼ら軍人がなぜ、ヘリオポリス、中立にいるのか。 彼らは極秘に進められている「G」計画の関係者だった。 「G」とは地球軍の新型秘密兵器のことである。 これらは激化したザフトとコーディネーターとの戦局を有利にし、 そして、地球軍の手に勝利をおさめるための重要なものであった。 その計画が決行されてから数ヶ月、すでに計画は最後の仕上げの段階へと向かっていた。 それだけではない。 新型兵器のために製作された新造艦も完成していると報告を受けている。 その期待の新造艦のクルーとして呼ばれたのがナタル、ノイマン、トノムラだった。 しかし、はこの三人とは少し勝手が違った。 開発、製作にも関わっていたのだ。 しかし、今、彼らと一緒にいるのかというと、 先日、休暇と称され、この三人を迎えに行っていたのである。 新艦隊、新型秘密兵器 そして、連合内でも極一部にしか知れていない、もう一機の新型兵器 『アドラステーア』 ここから状況はこちらに傾く。 勝利は地球軍の手に 地球軍の誰もがそう思ってやまなかった。 エレカポートが見えてきた。 そこには周りに数人の学生たちが集まっている。 「あー邪魔だな」 はぽつりと零した。 確かにそうである。 あまり広くない、ポートの道いっぱいに学生たちが広がっているのだ。 その様子では乗るのか乗らないのかすら分からない。 声をかけようかと思ったが先にナタルが生徒達に声をかけてくれた。 「乗らないなら先によろしいか?」 その声にざわめきは一気に止み、「すみません」と道を明けてくれる。 そこをナタルが真っ直ぐに先頭で進んでいく。 ノイマンとトノムラと続いて最後にが生徒の間を通った。 学生たちはなんとも言えない視線を自分たちに向けている。 (・・・そりゃそうだよな、このサングラスをかけた三人に一見学生の私、じゃね) その視線の主はナタルに注がれていた。 (ん?) はずだったのだが、自分に向けられている視線に気付き、そちらを向いた。 茶色の髪の少年と目が合う。 少年はすぐに目をそらしてしまったので、 それ以上何もなかったが、なんとなくの心に引っかかっていた。 運転席にが、助手席にナタル、後部座席にノイマンとトノムラが乗り込んだ。 向かうは鉱山部へ続くセンターシャフトだった。 エレカは快調に走り出す。 「なんとも平和な事だな」 先ほど、エレカポートで会った学生たちを思い出しているのか、 誰に向けてとは言わず、ナタルは苦々しげに呟いた。 「あれぐらいの歳で、もう前線に出るものもいるというのに」 「ね、まったく、そうですね」 隣で視線を外に投げたままのが答えた。 ナタルは気まずそうに俯く。 「いえ、別に中尉のこ…」 「あはは、そう意味じゃないですよ、私も」 顔をナタルのほうへ向かせ、にっこりと笑った。 「平和である事が中立の最大の特徴だと思いますよ。 それぞれの生き方があるから、色々見えてきても仕方ないんですよね」 ナタルは何も言ってこない。 俯いてしまったままだ。 「ま、別にいいじゃないですか。自分たちが決めた生き方なんですから」 「すみません」 「謝らないで下さいよ、少尉。あーそれにしても新造艦の出来上がり、楽しみですね」 は大きく背伸びをして首をポキポキ鳴らした。 商店でにぎわっていた外の風景はだんだんと閑散としたものになってくる。 鉱山部が見えてきた。 「中尉はアークエンジェルの方の製作には?」 後ろに座っていたノイマンが声をかける。 「アークエンジェルは設計の面だけお邪魔して、あとは専門の人たちに任せましたよ。 わたし、”アッチ”が専門ですし 「”G”の方はどうなんですか?」 「”G”はマードック軍曹もいますし、ラミアス大尉が指揮を執ってますから心配はないですよ」 ノイマンもトノムラもこの開発にいろいろと興味があったらしい。 エレカがシャフトへ上がる入り口までは質問攻めにあってしまった。 「じゃあ、質問はこの辺までにして、そろそろ無重力圏内に入りますから」 ドアが開き、自動的にエレカが進んでいく。 エレカはヘリオポリスを抜け、接続されている小惑星だった鉱山の内部へ向かった。 アークエンジェル 白いその新造戦艦はまさに圧倒だった。 ノイマンもトノムラも瞬きをするのも忘れ、その戦艦に見入っていた。 これからこの戦艦にクルーとして乗り込むことができる光栄さとともに (これならきっと・・・) と恍惚とした自信を持ってしまうのも仕方ないだろう。 「二人ともいいんですか?バジルール少尉、先に行ってますけど」 「何をしている!館長がお待ちだぞ!」 が促そうとしたそのときに、ナタルが間髪いれずに声を上げた。 現実に引き戻された二人は慌てて返事を返す。 「すぐに着替え、五分後に指令ブースへ集合!急げ!!」 「はい!・・・て、中尉はどちらへ?」 自分たちと反対の方へ向かおうとするに気づいたノイマンが声をかけた。 「わたしは直接アークエンジェルに向かいます。”アレ”で控えろと命令なもので」 そう言って、は手を振ると地面を蹴って向かいの通路に消えていった。 地球軍には第七艦隊所属の”エンディミオンの鷹”と呼ばれるムウ・ラ・フラガ、 そして、この配属変えで元、第七艦隊所属となった”エリスの剣”と呼ばれている・がいる。 数で勝る戦いが大きな誤算になってしまったこの戦争で、 その二人が大きな戦果を挙げていた。 新たな戦局を迎えようとしている中で、彼女が同じ艦だというだけでも心強い。 の背中を見ながらそう思っていた。 きっと誰もが思っているだろう そう、すべてはここから始まるのだ。 |