寒さが肌を刺すようになり、息が白く変わるころ、決まってあることを思い出す。

庭一面の雪、白い世界。

地面から咲いているように見える落ちた椿の花。

古ぼけた記憶の中でひどく鮮明な赤は、それだけでも強く残っている。

自分の隣に横たわる白と赤の機体を見つめ、冷たく重い装甲に触れた。

「あら、レイ早いわね?」

「ああ」

後ろから声をかけられたが、その口調で誰なのか分かったので、軽く返事だけを返す。

ブーツの音が近づいてきて隣で止まった。

「ねぇ、レイ」

「何だ?」

「白と赤っておめでたい色よね」

「・・・」

お前は少し黙ってろ、ルナマリア。










椿姫
・・・パンジー・・・










このエリートの証である赤服を着てから数ヶ月が過ぎた。

だが、実戦は一度も経験していない。

シュミレーションや模擬では何度も戦ってはいるが、実際、それらが本当の戦争で意味を成すのか。

(・・・少しぐらいなら役にはたつだろうが)

俺はまだ機体を見上げていた。

さっきまではルナマリアがしつこく話し掛けていたが、

あまりたいした反応を返していなかったせいか、どこかへいってしまったようだ。

日の光に当たって装甲が光る。

心の奥でぞくりとしたものが湧き上がった。

(早く戦場へ出たい)

そう思うのはおかしいだろうか。


「ちょっとそこ危ないんだけどー!!」

「?」

声をかけられて、そちら方向に顔を向ける。

ザクファントムの上から人が覗いていたが、逆光で顔が見えない。

俺はまぶしさに顔をしかめた。

「聞こえてないの?そこの赤服君!邪魔なんだけどー!」

その言葉に俺はファントムからに数歩下がる。

「まったく、そんなんじゃ下がったうちに入らないのよ」

ファントムの上から覗いていた整備士であろう声が振ってきた。

俺のそばに着地したのだ。

結構な高さではあるがコーディネーターであれば苦ではないだろう。

降りてきた奴は緑色のつなぎを着ていて、やはり整備士だった。

俺たちと同じぐらいに見えたがずいぶんと体の線が細い。

(・・・女か)

深くかぶった帽子からは俺より短い髪が柔らかそうに揺れた。

「ぼーっとしてられると邪魔。赤服なら瞬時に言葉を理解して行動してくれない?」

俺のすぐそばまで来ると帽子のつばを少しだけ持ち上げ、怪訝そうな目を向ける。

正直、戸惑った。

普通ならこの服を着ている自分たちにそんな目を向けるものはいない。

周りが謙遜するのだ。

エリートでパイロットである自分たちを。

しかし、そんな様子は露ほども感じられない。

上官以外に怒鳴られるなんて思いもしなかった。

だが、こっちだってそう簡単に怒鳴られてもいられない。

俺は腕を組みそいつを睨み返した。

「だったらもっと的確な指示を出したらどうだ」

「何、格好つけて言ってるわけ?自分の上空見たら察しがつくでしょ?」

男らしくない白い指を上へと向ける。

俺はつられて上を見た。

上空にはクレーンで持ち上げられたままの機材があったのだ。

俺は口を歪め、踵を返すとファントムから離れていった。

「ヴィーノ!こっちはOKよ!」

遠くでそいつの声が聞こえたが気に留めないようにした。

(・・・面白くない)

俺は心の中で何度か繰り返しながら、訓練場に向かった。

心の中にかき消すことができない靄を抱きながら。





午後の地上戦闘訓練を終え、夕食に向かう。

結果は最悪だった。

こういうときに一人でいたいはずなのに成り行きでシンとルナマリアと一緒になってしまう。

三人一緒というのが頻繁にあるはずではないので、ついていないと顔をしかめた。

食事の乗ったトレイをテーブルへ置き、席に着く。

赤服が三人も揃えば、ルナマリアの妹やシンの友人以外の兵士たちは遠巻きだ。

(・・・これが普通の対応のはずだ)

そう思いながらスプーンを持ち上げる。

帽子を被った整備士が浮かんできて小さく舌打ちをした。

「なんか、機嫌悪いわね、レイ。どうしたの?」

「そんなことはない」

「でも、あんなところでレイが撃たれるなんてそうないよね」

俺は聞かないふりをしてもくもくとスプーンを口に運ぶ。

その様子を見て、シンとルナマリアは顔を合わせて肩を竦めた様だ。

「ま、いいけど。シンは明日からの特別教官、誰が来ると思う?」

「誰でも構わないよ。特別って言うんだからすごい人が来るんじゃない?」

「でも、それであたしたちに負けたらお笑いもんよね」

ルナマリアは喉を鳴らすようにしてくくっと笑う。

向かいに座っているシンも咎めはすれど、まんざらではない様子だった。

(バカバカしい)

軽蔑するような視線を上げると、ルナマリアと目が合う。

「レイは興味ないの?」

「別に誰が来ようと関係ないだろう。俺は俺のやるべき事をやるまでだ」

「あんた、本当につまんないわね」

「面白い人間になりたいとも思わない」

「へーへーそうですか」

ルナマリアは呆れたように肩を竦めた。

俺はむっとして乱暴にスプーンを置く。

「二人とも」

「分かってるわよ。レイがこれ以上やってこない限り、あたしはやらないです」

何処までも癪に触る言い方をするやつだ。

食べかけの食事を持ち上げると席を立った。

これ以上こんなところにいれるか。

「レイ?」

シンが呼びかけたが答える気は全くなかった。

トレイを返すと俺は食堂を出た。





こちらで割り振り当てられた部屋に戻る気もなかったので、夜風にあたろうと外へ出た。

今日の自分はおかしい。

シンやルナマリアに言われなくても分かっていた。

その原因も何となく見当がついている。

あの目だ。

怪訝そうに歪められてたが、こっちを真っ直ぐに見据えた目。

今までに見たことのない目だった。

(どうして、こんなに気になる)

空は曇りなく、月ははっきりとしているのに自分の心は晴れてはいない。

「あれ?さっきの赤服君じゃない?」

「あんたか」

その言葉が自分を指していると分かり、振り返るとやはりそこには昼間の整備士が立っていた。

片手には夕食なのであろう、サンドウィッチとノートパソコンなどを抱えて。

深くかぶっていたはずの帽子は被っていない。

しかし、夜の薄暗さの中では顔をちゃんと認識する事は容易ではなかった。

「休まなくていいの?明日も訓練でしょうに」

そいつはさも当たり前かのように俺の隣へ座り、夕食を広げ始めた。

俺が怪訝そうな顔をするとあっけらかんとした表情を向ける。

「座る?よかったら一緒にどう?」

眉間の皺をいっそう深くした。

「あっそ。じゃあ、いただきます」

薄暗い中、表情を読んだのか、サンドウィッチを取り出し、おおきく一口かぶりつく。

空いている方の手でパソコンを起動させた。

「なんだ、それは?」

「ひゃくほぅりあぁにょ」

「飲み込んでから言え」

リスのように膨らんだ頬をもごもごさせて必死で噛んでいた。

その様子がなんだか小さな子供のようで、見た目とのギャップがおかしい。

「・・・はは」

思わず声が漏れた。

敏感に声に反応したそいつは振り向いてまた声を出そうとする。

「ひゃりゃわにゃ」

「飲み込んでから言えと言っているだろう」

仕方ないと思って俺はそいつの隣に腰をおろす。

普段なら絶対にしないはずのことで、自分自身に戸惑った。

(・・・何をやっているんだ、俺は)

泳いでいた目線を定めようと、起動し開いたファイルに目をやる。

「?・・・これはザクの設計図じゃないか!」

間違いない。

それは未発表のスラッシュザクファントムの設計図だった。

その証拠に端に”極秘”と書いてある。

これは一介の整備士が持ち出せるものではない。

「なぜ、お前がこんなものを持っている!」

俺はそいつの胸倉を掴んで問いただそうとする。

しかし、そいつは胸倉を捕まれたにも拘らず、まだ平然と口に含んだサンドウィッチを噛んでいた。

「おい、なんとか言ったらどうなんだ!!」

そいつはごくりと大きな音を立ててやっと飲み込んだ。

「・・・っ!あんたが飲み込んでから話せっていたんでしょ?」

「はぁ?」

「自分で飲み込むまで話すなっていってたくせに・・・ったく、手、離して」

確かにそう言ったが、この状況でそう言うことを言うものなのか。

納得は出来なかったが、とりあえず手を離した。

「これはちゃんとあたしに配布されたものだから、怪しいものではありません」

「そんな話が信用できるか」

これが配布されるくらいの地位があるのなら、こんな格好で作業の手伝いなどしないだろう。

「何処から盗んできたんだ?」

「あーいつの時代も赤服って頭が固くてやんなっちゃう」

「何処で盗んできた」

睨み付けたが全く堪える様子がない。

「・・・分かったわよ。これから確認しに行く?」

「当たり前だ」

しかたないな、とぼそりと呟いて片付けをはじめる。

パソコンを閉じて立ち上がった。

「じゃ、ついてきなさいな」



そいつはどんどんと進んでいく。

すれ違う整備士達が気軽に声をかけてくるが、俺を見てそそくさと持ち場に戻ってしまった。

「君、随分畏敬されてるのね」

「・・・」

「ま、悪い事じゃないけど。と、ヴィーノ!!」

「あーさん!休憩時間ぐらいちゃんと休んでてくださいよ!」

顔を出したのはシンの友達の整備士だった。

コンテナから降りてくるとこちらへ近づいてくる。

「もう、俺たちよりも働いてるんだから、ちゃんと休む時は休んでく・・・あれ?」

俺の顔を見て驚いた顔をした。

「ちょっと、見たいって言うからつれてきたのよ」

「あ、いや別に構わないんですけど」

「じゃあこっちはよろしく。あたしちょっと案内してくるから。行こっか」

「ちゃんと休憩してくださいよ。俺たちが怒られるんですから」

「へいへい」

そう言って俺の手を引いて歩き始めた。

シンの友達はふに落ちない顔をしている。

その後も会うやつ会うやつに声を掛けられ一言二言会話をしていた。

様子をうかがっていると親しんでいるが、敬っているように見える。

一通りモルゲンレーテを案内された後、そいつはにっこりと笑った。

「こんなもんで信じれたかな?」

「・・・さっきよりはな」

「素直じゃないね。本当は認めたくせに」

がさがさとサンドウィッチを再び開け始めた。

「食べるんなら、話さないな。俺はもう行くぞ」

「あはは、君、面白いね〜」

その言葉が褒められているとは到底思えず、俺は眉を寄せた。

「睨んでも怖くないよ。名前は?」

「・・・レイ・ザ・バレル」

「あたし、

「ファミリーネームは?」

「ファーストネーム知ってれば呼べるでしょ?」

「そうだな!」

そっぽを向き、俺は吐き捨てるように乱暴に返事をする。

ふふふと笑い声が聞こえた。

俺は踵を返し宿舎へ向かおうとする。

「レイ」

なんでこんなヤツに付き合ってしまったのだろう。

「レーイ!」

無駄な時間だった。

「レイってば」

「何度も呼ぶな!」

振り返るとは相変わらずにこにこと笑っている。

「また明日」



黙って再び踵を返した。

二度とここには来るか。





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