ミネルバに乗艦するパイロットたちが集められ、地上での交戦を想定したMS訓練が開始されようとしていた。 エースパイロットである、シン、レイ、ルナマリアが敵の基地を撃破すると言ったものだ。 シンとルナマリアのモニターにレイの顔が映し出される。 『シン、ルナマリア、いいか、油断するなよ』 「分かってる」 「ここで落とされるようなら赤服脱ぐわよ」 『そんなこと言ってられるかしらルナマリア』 回線をわって入ってきたのはタリアだった。 「どういうこ」 ルナマリアの言葉は訓練開始の合図にかき消された。 ・・・木瓜・・・ タリアの言葉を実感したのは開始直後からだった。 レイたちは敵側のMSをまだ一機も落としてないのだ。 レイはモニターで確認できる最大の範囲で五感を研ぎ澄ましていた。 それどころか、そうでもしてなくては、こちらがいつ撃たれてもおかしくない状況だった。 すでに三機は囲まれていたのである。 『どうなってるのよ!』 ルナマリアの苛立った声が聞こえてくる。 囲まれるといっても自分たちを囲うようにぐるりと囲われているわけではない。 相手の姿は見えないのだ。 しかし、特有の感覚で自分たちはそこから動けないのだと理解していた。 動いてしまえばきっと撃たれる。 この状況ならばさっさとこちらを撃てばいいものの、それすらやってこない。 苛立ちと不安で押しつぶされそうだった。 しかし、レイたちはどうにかしてこの状況を脱しようと、お互いの背を預けるようにしてどんな変化も見逃さないように目を凝らした。 (・・・これは油断なんかじゃない) 思いもしなかった状況にレイは舌打ちをする。 (相手のほうが完全に一枚上手だ) 認めたくないが、開始してまだ10分もたたないうちにこんなところで身動きが取れないということは、そう思うほかない。 『どうするのよ、レイ!』 『このままじゃ』 シンも焦っているのだろう言葉が続かない。 エリートと言われた自分たちだ。 こんな手も足も出ない状況の対応に慣れていない。 レイは目を瞑って心を落ち着けた。 「俺が突破口を開く。敵が姿を現したらそこから切り込め」 『それだとレイが』 納得いかないといいたそうなシンの顔がモニターに映る。 「他に方法があるのか?いいな。一度きりだ。ルナマリア、三時の方向に撃て、それが合図だ」 『分かったわ』 ルナマリアは機体の方向を変え、ライフルを構える。 「いくぞ!」 レイの声と同時にルナマリアのビームライフルが放たれた。 再びモニターに全神経を集中させる。 視界の端でMSの動きを見つけた。 (いた!) レイは素早く身を翻すと、そのMSに向かっていく。 その動きを見て慌てたのか次々と周辺でMSの動く気配が感じられた。 シンとルナマリアはしめた、と思いライフルを構える。 レイは最初に動きを見せたMSの方向へライフルを乱射した。 煙が立ち上がり、まわりの建物が崩壊する。 瓦礫が崩れそこから機体が姿を表した。 しかし、そのMSは今まで見たことのないものだった。 ジンのようにも見えたが、全く違うもののようにも見えた。 左手を覆うような大きなシールドが影を作る。 (・・・何だあれは?) レイの動きが一瞬止まってしまった。 チャンスを見逃さなかったMSは一気にバーニアを噴かして接近する。 手にはビームサーベルをもっていた。 (しまった!くそ!!) 慌ててレイもビームサーベルを抜く。 しかし、MSはすでに目の前まで来ていた。 (早い!・・・切られる!!) 目の前に迫り来る恐怖に震えた瞬間、訓練終了が告げられる。 振り下ろされていたサーベルは肩の寸前で止められていた。 サーベルはすぐに収められ、MSはレイから離れていく。 レイはその後ろ姿を見ながら、負けてしまった悔しさや、追い詰められた悔しさよりも、 ひどく感じた疲労感と安堵に大きく息を吐いた。 訓練が終わり、MSをドックへ戻すと、先に下りていたシンたちがいた。 「お疲れ」 「ああ。・・・ルナマリアはどうした?」 「ルナはさっきからあの調子だよ」 自分の話題だとわかっているだろうに、ルナマリアはこちらを向かない。 じっと反対方向を見つめているのだ。 見つめていると言うよりは睨んでいるといったほうが正しいだろう。 その視線の先にはさっき、自分を切りつけようとした機体がある。 「他のパイロット達に聞いたんだけど、さっきの訓練の指揮をしていたのあのMSのパイロットらしいんだ。 で、何度聞いてもどんな作戦を組んでいたのか教えてくれないし、直接そのパイロットに聞こうって話になって」 「・・・直接喧嘩を売ろうの間違いじゃないのか」 「多分、違うと思うけど」 シンはそっぽを向いて曖昧にごまかした。 ルナマリアの顔を見ていると断然、レイの言葉の方が正しいと思えてくる。 ルナマリアは赤服である事に誇りを持っている。 そして、自分がエリートであるプライドも人一倍高い。 そんな彼女があんなやられ方をしたのだ。 黙っているわけがない。 「開いたわ」 ルナマリアはいかにも憎憎しげに呟くとMSの足元まで走り出した。 普通ならほっておくとことだが、シンもレイもどんなパイロットが乗っているのかと気になっていたので後に続く。 シンと同じ赤いパイロットスーツが出てきた。 遠目から見てもさして大きくは見えない。 自分たちと同じぐらいではないかと眉を顰めた。 降りてくるパイロットと見上げながらルナマリアの顔はどんどん険しくなる一方だ。 パイロットは床に軽く着地するとレイたちの顔をぐるりと見渡した。 「どうしたの?赤服お揃いで?」 ヘルメットを被ったままで声がくぐもっていたが、その声は確かに若い女のものだった。 三人は何とも言えない心境になる。 自分たちと同じぐらいの、それも女の策に三人ともまんまとやられたのだ。 「人と話すときはヘルメットぐらい取ったらどうなの?」 「あ、失礼」 そう言ってヘルメットをはずす。 柔らかそうに髪が広がり、それをうっとうしそうにかき上げた。 「お疲れ様」 ルナマリアの険しい表情を気にする様子もなくにっこりと笑って首をかしげた。 女?とシンが驚いて目を開く。 レイは驚きはしたものの怒りの方が強く、自然と目が鋭くなった。 (この女があのMSで・・・) ぞくりと体に再び何かが走る。 先ほど感じた、殺される、と思ったときの恐怖を思い出したのだろうか。 振り切るように頭を振った。 誰も何も返さないのをみて首をかしげる。 「なに?鳩が豆鉄砲食らったような顔をして。女のパイロットが・・・」 視線はシンを見て、レイを見て、ルナマリアで止まった。 「珍しいってわけでもないよね?」 じゃあ、どうしたの?、といいたそうに口を曲げる。 「・・・あなた、もしかして、・クライン?」 ルナマリアの険しい表情がすっと解けてパイロットを疑惑の目で見つめた。 (・・・クライン) シンとレイが一斉にルナマリアを見る。 クライン 彼らは三人のクラインを思い浮かべた。 プラント連合最高評議会、前議長で先の抗争で命を落としたシーゲル・クライン。 その娘でコーディネーターのアイドルであったが、やはり先の抗争で自分の信じた道を進んだラクス・クライン。 そして クライン家に養女になり、ザフトのトップガンの一人として・・・ 「あの、・クラインだというのか?」 レイは驚いて再びパイロットの顔を見る。 彼女はさっきと全く表情を変えず、毅然とした態度で立っていた。 「あの、かは分からないけど、クライン家の養女でラクスの義理妹の事を言っているなら、そうよ」 「なんで、あなたが?」 信じられないといった口調でシンが問い掛ける。 「聞いてないの?あなたたちの特別教官として呼ばれたの」 「あたしたちの?」 三人の顔が怪訝そうにゆがめられた。 それも仕方のないことだろう。 「あたしだって今更表に出てくるつもりはなかったけど、友達に頼まれたら断れないでしょ?」 「・・・何よそれ」 ルナマリアの声が怒りで震えている。 「そんな気軽な気持ちで教官を引き受けたって言うの?!こっちは本気で誇りを持って」 「さっきのが本気?たかが倍ちょっとの敵相手に子供のようにあしらわれて?」 「それは!」 「今のあなたたちが持っているのはエリートの誇りじゃなくて、驕りよ」 二人はお互いに譲る気はなく、しばらく睨み合いが続いた。 ルナマリアの口が何か言いたそうに動いたが、彼女はすぐに飲み込み唇を結ぶ。 「失礼します!」 ぶつけるようにして吐き捨てると本来の目的など忘れて、踵を返して行ってしまった。 それに続いてシンも軽く敬礼するとルナマリアの後を追う。 残されたレイがちらりと目をやるとと目が合った。 はにっこりと笑う。 「昨日ぶりだね、レイ」 「・・・昨日?」 訝しげな目を向けるとふと思い出した。 この目には覚えがある。 「昨日の・・・整備士」 レイがぽつりと零すとはにっこりと笑った。 「やっと分かったの?あたしちゃんと覚えてたのに酷いなぁ」 「申し訳ありません」 「あはは、やっぱり面白いね」 「それでは、自分も失礼します」 笑うを横目にこれ以上付き合いきれないと敬礼をして踵を返そうとする。 実際、自分も馬鹿にされたのだ。 レイもルナマリア同様面白くはなかった。 しかし、レイはルナマリアよりも落ち着いている。 なぜなら、言われた事が事実だとわかっているからだ。 ルナマリアもシンも、そして自分も確かに驕っている部分はあった。 ただ、それを他人に、何よりもこの人に言われたので頭に血が上ったのだろう。 上官に指摘されるのは当たり前の事と割り切ればどうってことはない。 しかし、この場にこれ以上いることは、そう割り切っているレイでも嫌だと思った。 こうなれば早々と立ち去るのがいい。 「あ、レイ!」 「・・・なんでしょうか?」 「今日の戦い方、よかったよ」 「よかった?」 レイは眉を寄せた。 「でも、残念だったね。あそこで動きを見せるMSはあたしだったから」 自分が作ったと思っていたチャンス、あれは誘導だったのだ。 彼女にはその行動をする事すら分かっていたというのか。 話を聞いているだけでも、彼女の前では自分たちの行動一つ一つが稚拙なのだろう。 悔しさがこみ上げてきた。 血が出てしまうかと思うほどきつく唇をかんだ。 「失礼します」 もう一度、敬礼をする。 もう決して何を言われても振り返るものかとレイは思った。 そうでなければ、この人の前では自分の今までを崩されてしまいそうだったのだ。 レイは乱暴にロッカーを開ける。 怒りと悔しさでぐちゃぐちゃになりそうだった。 (なんだって言うんだ) 何度も、何度もロッカーを叩いた。 行き場のない感情が自分の中で渦巻いている。 すぐにでも忘れたいはずなのにあの言葉が離れない。 (なんだって言うんだ!!) あの目が あの笑顔が 離れない。 |