僧院第一戦闘配備



アークエンジェル内は再び開始される戦いの為に騒がしくなっていた。

一番はやはりドックだろう。

ランチに乗る避難民が我先にとごった返している。

キラはランチに並びながら準備に勤しむ兵士たちを見上げた。

いつもならあそこに自分はいるはずだった。

でも今はもうちがう。

トールたちと地球へ下りて、これまでの平和な生活に戻るのだ。

戦争も、MSも、地球軍も、ザフトも関係なく


それで本当にいいのだろうか


キラは視線を戻し右手を上げる。

少し不恰好だが心のこもった折り紙の花を持っていた。


「いままでまもってくれてありがとう」


先にランチへ乗っていった少女は、その時期特有の舌足らずな喋り方でキラにそう言った。

胸がじんとする

それまであった硬く冷たいものがすっと解けていくようだった。

この言葉を、この気持ちを僕は・・・
















どうかこの声が

貴方に



どうかこの声が

君に




届きますように














 
call 【守るべきもの】











それにしてもおかしい

キラは再び周りを見渡した。

きっと降りるだろうと思った、トールたちの姿が見えない。

だからといって、先にランチへ乗り込んでいるとも考えにくい。

(・・・どうしたんだろう)

キラに嫌な予感が横切った。

(早く、来ないかな)

ここから降りれる、もう大丈夫だと言うのに気持ちが落ち着かない。

その原因の一つは分かっている。



「・・・



キラは口の中でその少女の名前を言った。

彼女は自分を自分たちに嘘をついていた。

取り返しのつかない大きな嘘を

その嘘で彼女は自分の気持ちを大きく傷つけたのだ。

でも、どうしてかトールたちにそれを告げる事ができなかった

(なんで、言う事ができなかったんだろう)

自分たちはここで降りる。

では彼女は?

彼女はどうするのだろう?

キラは大きくため息をついた。


「わぁ!」

下を向いていたキラは後ろから急にヘッドロックをかけられる。

誰がやったかは見当がついていた。

「やめろよ、トール!みんないないから・・・」

キラは振り返ると、目を大きく開き、言葉に詰まってしまった。

「これ。持てけって、除隊許可書」

いつもと変わらぬ笑顔で笑うトールはひらりと一枚の紙を差し出す。

キラは受け取ると眉を顰めたままトールたちを見つめ返した。

彼らとの間は何一つ変わっていないのに。

軍服を着ている彼らがおかしいのか、私服に着替えている自分がおかしいのかすぐに判断できない。

「やっぱりここにはいないか・・・」

「ねぇ、キラ、見なかった?さっき謝りながらすごい顔して走り出しちゃったんだけど・・・」

ミリアリアが困ったように眉を寄せる。

がいない。

どう言う事だろう。

「俺たち、お前ももさ、降りたほうがいいって勧めてたんだけど」

「待ってよ、ちょっと待って!何でトールたちはそれをまだ・・・」

「俺達、残る事にしたから」

サイはトールの隣に並んでしかたないんだよ、と言いたそうににっこりと笑った。

「・・・残る?」

「アークエンジェル、軍にさ」

「どういう・・・こと?なんで?」

自分の感じていた嫌な焦燥感はこれだったのか。

嗚咽が漏れてきそうだった。

「フレイが志願したんだ。それに俺たちも」

フレイが?とでかかった言葉は喉にひっかかって上手く出てこない。

どうして、こんな事になったのだろう。

キラはただ必死に友人の顔を見渡す事しかできなかった。

『総員第一戦闘配備!繰り替えす、総員第一戦闘配備』

緊張した声がドックの中へ響き渡り、そこにいた全員の顔つきが変わる。

ランチの並も動きを早めた。

搭乗員が私服を着ていたキラに気付き声をかける。

戸惑っていたキラに変わり、トールがそれに答えるとぐいぐいとキラを押し出した。

「これも運命だ。じゃあな。お前は無事に地球へ降りろ」

「元気でね、キラ」

「生きてろよ!」

持ち場へ急がなくてはいけないと言う彼らはそのまま踵を返し出口へと向かう。

ずっとキラのほうを向いたまま手を振り続けてくれた。

「何があってもザフトにだけは入らないでくれよ」

最後にカズイがそう叫んだ。

彼らは悲しくなる位あっさりと去っていった。

キラはまわりの雑音が一気に消えたように思えた。

取り残された。

彼らは自分を思ってくれたからの行動であると分かっていたが

それが酷く悲しかった。

(僕は・・・)

どうすればいい。

何度も何度も繰り返し自問し続けた。

平穏な生活を捨てられるのか。

でも、このまま降りて本当に今までの生活の戻れるのだろうか。

手に力をこめたとき、握っていた折り紙の花の感触を感じた。


「いままでまもってくれてありがとう」


少女の温かい言葉が心の底に染み渡ってくる。


「ごめんなさい。あなたは一生懸命戦って私たちを守ってくれたのに」


そう言ってくれた少女も自分とずっと一緒にいてくれた友人たちも

この艦にいる。

僕はどうしてあんなものに乗っていたのだろう。


「キラ!」


たくさんの人たちが自分の目の前を通り過ぎて、最後に自分の目の前にいたのは



名前を呼んだとき、が微笑んだ。

あんなにも傷付いて、憎んでいたはずなのに、それでも心が落ち着いた。

それでも愛しいと言う気持ちが残っている。



僕は


僕は戦いたかったんじゃない

ただ、守りたかったんだ

だから

(アスラン、僕は守りたいものがあるんだ)

キラは深く呼吸をした。

もう一度搭乗員がキラを促す。

「行って下さい」

そう短く言うと、キラは床をけった。














ザフトとの交戦は始まっていた。

しかし、アークエンジェルは待機命令がでたままで、友軍が破壊されていくのを見ているしかなかった。

痺れを切らしたのはフラガだった。

「おい!何で俺が発進待機なんだよ!!名高い第八艦隊だってあれ四機じゃやばいぞ!!」

通信越しにマリューに煮え切らない気持ちをぶつける。

『フラガ大佐』

「あー俺が出て行ったところで、大してかわらないだろうがさあ!」

「本艦の出撃指示はまだありません!引き続き待機して下さい!」

マリューも正直いらだっていたのでそれだけ言うと、フラガの返事を待たずに通信をきった。

通信をきられたフラガは思い切り舌打ちをする。

「くそっ!切りやがった」

「あの、すいません」

フラガが背後の背後の声が自分に向けられているものだと気付き、振り返った

見覚えのあるような、ないような少女が自分を見上げている。

(坊主たちと同じぐらいか?)

そう思ったとき、ふと思い出した。

キラがあのお姫様と交換に連れて来た少女ではないか。

「こっちは脱出用のランチはないぜ?」

「違います。あたしも軍に志願しましたから。ストライクの新しいパイロットです」

「はぁ?」

そういえばよく見ると地球軍のパイロットスーツをきているではないか。

フラガは唖然とした。

「ちゃんと受理されてますよ。確認して頂いても結構ですし」

慌ててもう一度通信を繋ごうとフラガは通信機に向かい合う。

はストライクを見上げた。

自分でも突拍子のないとこをしたと思っている。

でも、この状況で、ストライクに乗るためにはここれしかなかったのだ。

自分がコーディネーターだと告げて確実にパイロットにならなければ



がコーディネーターとつげ、下りるキラの変わりにストライクへ乗りたいと告げたとき、

バジルール少尉と呼ばれた人は少し眉を寄せたが、ホフマン大佐という人はすぐさま受理した。

「アークエンジェルも本当についてる」

そう言ってホフマンはニヤついていた。

いいたいことは良く分かる。

代わりのコーディネーターのパイロットがすぐに見つかるなんて、と言いたかったのだろう。

言われたバジルールはさらに苦々しい顔をした。



(でもこれで、これに乗れる。大丈夫だ)

「おい、嬢ちゃん」

フラガは受話器をこちらに向けている。

換われという意味だろう。

『はじめまして、アークエンジェルの艦長のマリュー・ラミアスです』

です」

『ホフマン大佐が受諾されたそうね』

「はい。ストライクのパイロットになる許可も頂きました。

 バジルール少尉も一緒にいたので証人になってくださると思いますが」

『ええ、それは先ほど聞きました。でも』

「キラは乗せて、私は乗せられないんですか?同じコーディネーターなのに?」

マリューはどきりとする。

最初の一回は不可抗力だったとしても、その後もずっと彼を頼ってきてしまった。

この艦を守るためだけに、中立国の一般市民を

『・・・わかりました』

「おい!!」

脇で聞いていたフラガがそんなバカな!と言いたげに声を上げる。

その声を無視して、マリューとは二言三言交わすと通信をきった。

振り返るとまだ納得の言っていない顔のフラガがいた。

「いいのかい?お嬢ちゃん?」

「はい。わたしはキラが守ってきてくれたものを守りたいだけです」

その目に迷いはない。

こういう強い目をした者に何を言っても聞かないことなどフラガは分かっている。

「・・・まぁ、出撃命令が出てないんだ。そんなに心配する事はないと思うけどね・・・」

自分を慰めるようにポツリと零した言葉にが反応した。

「それと、フラガ・・・えーと」

「大尉」

「すみません。フラガ大尉、この艦はこのまま降下する事になったそうです」

「降りる!?この状況でか?!」

「そうみたいです。配備が解除されるまで私はストライクで待機していますので」

はそう言うと床をけってストライクの方へ飛んでいく。

その後姿を見つめながら大きくため息をついた。

(二人目のコーディネーターね)

フラガは肩をすくめる。

このはついてるんだか、ついてないんだかわからないな、と頭をかいた。

視線の先ではが軽やかにハッチをあけ、コックピッドへ乗り込んでいる。

もう一度ため息をついた。



「・・・あーあー、随分、小慣れてますここと」











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