避難民のランチはメネラオスにある。

それを守りながら、アークエンジェルを地球へ降ろすつもりなのだろう。

(・・・覚悟はどちらも同じだ)

はキーを叩きながらOSをチェックしていた。

どちらとは両軍、ザフトと地球軍のことだ。

お互いがお互いの大儀の為に戦うのだろう。

(私だってそうだ。)

ぐっと唇を噛む。

彼らを守りたいから、と思っていても、どうしてものときは人を殺さなくてはならない。

仕方ない、と諦めることは酷く残酷な気がした。


「それでも、守りたいものもあるのよ」












どうかこの声が

貴方に



どうかこの声が

君に




届きますように














 
call 【譲れない決意】











キラはどうしてこうなっているのか理解ができなかった。

自分は戦うと決めてロッカールームへと向かったはずなのに。

先にロッカールームへいたフレイが自分の胸の中にいる。

ただ、甘い香りとピッタリとくっついた温かい感触にとまどうしかなかった。

フレイは自分の代わりに戦わなければいけない、といった。

この細い肩で

力のない腕で

瞳に涙をいっぱいにためながら。

そんな事はさせられない。

戦う苦しみを味わうのは自分だけでいい。

「大丈夫、ストライクには僕が乗る。フレイの分も戦うから、もう逃げないって決めたから」

もう逃げない

なにから?

戦う事から?

それとも

キラはふと思い浮かんだ少女を振り払った。

その言葉を聞いて、フレイは嬉しそうにキラを見つめる。

「私の思いはあなたを守るわ」

あどけなさ残るフレイの顔が妖艶に微笑む。

心臓が大きく跳ねた。

その微笑を浮かべた唇がこちらに近づいてくる。

唇に甘い果実がぶつかった。

そのひどく甘い果実にキラはくらりと眩暈を覚える。


しかし、キラは気付いていなかった。


フレイが開けていたロッカーよりももっと奥のロッカーが開いていた事を





ドックは渾然としていた。

降下が決まったとうい報告が入りその準備に追われていたのだ。

フラガは思わしくない状況にいらだっている。

この状態で降りるなど、一種の賭けでしかない。

それでも、このままいるよりはいいと判断を下したのだろう。

「降りるって言っても、そう簡単な話じゃねーだろ」

「ザフト艦とジンは振り切れても、あの四機が問題ですよね」

「そうそう、その四機が・・・て、おい坊主!!」

自分の考えをよく理解していると頷いていたら、避難用のランチにいるはずのキラだった。

どうしてキラが

ドックにいる誰もがその考えだろう。

しかし、驚いているのは回りの人間だけで、キラはなんでもない様子でストライクに向かおうとしている。

「ストライクで待機します。まだ第一戦闘配備ですよね」

「あ、ああ」

「それじゃあ」

それだけ言うとキラは一度床をけってゆっくりとコックピッドを目指した。

思わず返事を返してしまったフラガはストライクにがいることを伝えはぐってしまった。

「あ・・・まぁ、知り合いだったらそんな厄介な事にはならんと思うけどね」

それにしても気に掛かったのはキラの態度だった。

降りるチャンスがあるのなら降りるだろうと思っていた。

ハルバートン提督からも除隊許可は出たのだ。

ただの民間人がコーディネーターだからといって戦い続ける必要なんてないのだから。

しかし、どうだろう、先ほどみたキラは今までとは違っていた。

前を見て戦争をしようとしている。

今まではそんなに進んで戦っていたわけではないが、こうも態度がひっくり返ると逆に心配になった。

「あんまり若いうちから戦争とか戦場に浮かされちまうと、後の人生辛いぜ」

フラガはポツリと零す。

その声はドックの雑踏にかき消された。



キラはハッチからキーを叩く音が聞こえ眉を顰める。

軍はもうすでに自分の代わりを用意していたのだろうか。

それでも、どうにかして自分が乗ろうと思っていた。

乗らなければいけないと


「私の思いはあなたを守るわ」


ハッチに手を掛け、コックピッドを覗き込む。

そこにいた人物にキラは驚いた。

「・・・

聞きなれたその声には心臓が飛び出そうになる。

それでも、視線も上げず、表情も変えなかった。

平常心でキーを叩き続ける。

キラは開いたコックピッドの扉の上に立ったまま動かない。

「降りなかったの?」

先に声を掛けたのはだった。

どうしてパイロットスーツを着てここにいるのだ。

それはわかりきった事だ。

残ったに決まっている。

でも、キラから返事は返ってこなかった。

「・・・じゃあ、やっぱり皆も残ったんだ」

そう呟いたに、キラは依然として黙ったままだった。

もう、”ごっこ”は終わったのだ。

「軍への志願が受理されたの。わたしがストライクのパイロット」

「君は」

キラが初めて口を開いた。

苦しげに飲み込み切れなかったものを無理やり吐きだすように言う。

「君は・・・ザフトの人間じゃないか」

「でも、今はヘリオポリスの民間人よ」

その言葉にキラはかっとなった。

「どれだけ騙せば気がすむんだ!!」

はゆっくりと顔を上げる。

キラは思わず傷つけてしまったと口を押さえ目をそらした。

しかしそうではなかった。

「だから何?騙される方が悪いのよ。」

キラは自分の耳を疑った。



この少女は誰だ。

こんな少女は知らない。

同じ顔をした少女はこんなことを言うはずがない。

同じラボ生で

同じコーディネーターで

いつも笑ったり、怒ったり、くるくると表情をかえ、決して泣いたりはしなかった。

そして、強い瞳と強い意志をもっていた。

そして、誰よりも優しかった。

目の前にいる少女は誰だ?

怖くなった。

瞬きすらすることを忘れていた。



悲しみと同時に強い怒りが込み上げてくる。

こぶしに力をこめた。

「どけ!!」

キラは慢心の力での腕を引っ張り上げて、無理やりシートからどかす。

ハッチの上まで引き上げるとそのまま自分がシートに滑り込んだ。

こんな暴力に近い扱いをキラから受けるなんて初めてだった。

それも仕方ないことだと唇をかんだ。

「どいて、あたしが乗るの」

は必死に感情を押さえる。

その静かなの声が余計にキラを駆り立てた。

「僕がやるんだ!僕が守る!!・・・皆を!フレイを!」

「今のキラが乗っても打ち落とされに行くようなものよ。どいて」

「そんなこと言って、ザフトに渡すんだろう?!」

「・・・どいて」

キラはぎゅっと唇をかむと視線は前を見つめたまま口を開いた。

「これは僕の機体だ」

瞳は決してぶつからないが、それは決意を秘めたものなのだろう。



ああ

もう、戻れないのだろうか。

自分たちが巻き込んでしまった少年たちは普通の生活に。

もしこのままキラが戦う事を受け入れてしまったら、アスランとキラは戻れない。

ザフトと地球軍。

どれだけ避け続けても、必ず二人が戦う時が来る。

そして

その戦いの中で、この艦が、その中の誰かが死んでしまう事もあるのだ。

悔やむ事はやめたはずなのに

前を向こうと決めたのに

どうして下を向いてしまうのだろう。



『デュエル、バスター、先陣隊列を突破!メネラオスが交戦中!!』

キラとに緊張が走る。

このまま見過ごすわけにはいかない。

メネラオスが突破されればこちらも危ういのだ。

「フラガ大尉!!」

キラは通信を繋いでゼロで待機しているフラガに呼びかける。

モニターに映し出されたフラガも分かっていたかのように頷いた。

『ああ、分かっている』

そう言ってブリッジに繋ぐ。

『艦長!ギリギリまで俺たちを出せ!あと何分ある!?』

『何をバカな!・・・”おれたち”?』

明らかに疑念の声が聞こえてくる。

この状況で出せといった事もだが、その後の言葉の方がひかかったようだ。

「カタログ・スペックではストライクは単体でも降下可能です」

モニターに割り込んできたキラの顔を見るとやはりといったようにマリューは眉を寄せた。

『キラくん・・・』

その声にブリッジの友人達からキラの名前を呼ぶ声が聞こえる。

(ごめん)

キラはみんなの優しさを振り切ってしまったことを後悔はしていなかったが、

それでも、優しさを無碍にしてしまった事を心の中で謝っていた。

『キラくん、どうしてあなた、そこに!!』

怪訝そうに寄せられた眉やその表情からマリューの意志は掴み取れる。

マリューは純粋にこれ以上自分たちに関わらせたくなかったのだ。

コーディネーターだから、そんな理由で彼を傷つけたのは数回ではないだろう。

だからこそ、彼を”日常”に戻す事が一番なのだと理解していたのに。

どうしてそこにいるのだ。

キラは厳しい口調の中にある優しさに、再びキラは心の中で謝罪した。

でも、自分を解放することが彼女の決意なのであれば、

キラは友人を、この艦を、この艦の人たちを守ることが決意なのだ。

今までのように追い詰められての決断ではない。

だから、それだけは決して譲れなかった。

「このままじゃメネラオスも危ないですよ、艦長!!」

キラの声にマリューは決断を迫られている。

わかりました、と言うべきなのだろうか

でも

どちらが正しいのか今すぐに決める事は出来なかった。

戸惑っているマリューをみて、通信に割り込んだのはナタルだった。

『わかった!ただしフェイズスリーまでには戻れ』

いつもどおりのきびきびした声でキラにそう促す。

『スペック上では大丈夫でも、やった人間はいないんだ。中はどうなるか知らんぞ。

 高度とタイムには常に注意しろ!』

キラは短く返事をすると通信をきった。

(大丈夫だ、自分なら絶対にやれる)

きゅっと唇を結び、ヘルメットをしっかりとかぶる。

視界の端で、の足は動く気配がない。

「通信聞いてたんだろ。僕は発進する。ハッチを閉めるからどいてくれ」

冷たく言い放ったがは動こうとはしなかった。

キラは無理にでもハッチを閉めようとスイッチを押した。

「・・・わっ」

傾き始めたハッチにバランスを崩して倒れこむ。

コックピッドの中に

反射的に出してしまった腕でを受け止めた。

キラは失敗したと眉を寄せる。

ハッチは完全に閉じてしまった。

「・・・ごめん」

はすぐさま体を起こすとシートの後ろ側に入り込む。

一番初めにこのストライクに乗ったとき、キラやマリューが一時的にいた場所だ。

どうってもは降りないらしい。

「このまま出て」

「・・・降りるんだ」

「私はザフトのパイロットよ。少なからず、彼らのくせは知ってるわ」

の”彼ら”と言うのはアスランや先に戦っているデュエルのパイロットのことだろうか。

もし、こちらへ協力してくれたとしたら、有利な状況へと持っていけるだろう。


「騙される方が悪いのよ」


でも、信用していいものか。

キラはグリップを握る手に力をこめる。

「だから、降りて欲しいんだ。僕もストライクもザフトに行く気はないんだから」

「じゃあ、降りたとして、あたしがこの艦を内部から爆発させたりしたどうするの?」

「!?」

「目の届くところにおいておいた方が安心じゃない?」

こう言われてしまったら、乗せておくしかないだろう。

真意は定かではないが、どっちにしろ、傍においておいた方が何かがあったときに対応が出来る。


「・・・好きにすればいい」


は安堵のため息をついた。

シートの裏には意外にも大きなスペースがあり、隠れていればこのまま発進する事が出来るだろう。

そうして、戦いの中で自分がもう一つの目になればキラの視野が広がる。

あとは上手く指示を出せば切り抜けられると思ったのだ。

「もし君が何か不審な行動をとったら、僕は手荒な事をするから」

それはキラの願いにも似たものだった。

裏切らないで欲しい。

都合のいい解釈かもしれないが、そう聞こえた。

「・・・守るって決めたの。だから今はキラと一緒に戦う。」

その声は揺るがない炎のような決意を感じさせる。

自分の決意だって負けてはいない。

キラはたくさんの事を思い出すように目を瞑った。



ミリアリアの声が聞こえ、ストライクはカタパルトハッチへ移動をはじめる。

自分たちはどうなるのだろう。

わからない。


でも、自信はあった。

”守りきれると”

その力が自分にはあると



開かれたハッチの向こうには青い地球が一面を覆った。

吸い込まれそうな感覚に一瞬、身を振るわせる。

ムウの声もなんだか遠くに聞こえた。

完全に飲まれそうになってるキラは頭を2、3度振った。

しっかりと前を見据える。



「キラ・ヤマト行きます」







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