漆黒の空を切り裂くようにいくつかの光が降り注ぐ。 彼は舌鼓を打ちながらコーヒーカップを傾けた。 「見てごらん、きれいな流れ星じゃないか」 どこまでも続く地平線を熱っぽく見つめる視線に微笑み返す。 「本当に流れ星かしら?」 「それじゃあ、地上に還る人の魂・・・なんてね」 あなたらしいわね、と女性は男にもたれかかった。 男の名はアンドリュー・バルドフェルド。 通称”砂漠の虎” ザフト軍地上部隊北アフリカ方面軍を指揮する有能な指揮官である。 どうかこの声が 貴方に どうかこの声が 君に 届きますように いつだかの夢の続きのような感じだった。 誰もこの手を掴んでくれなくて、自分は一人で走ってていた。 暗くて 一人で ひどく怖い ひとつの背中が見えてそれに追いつこうと必死で走った。 のどは焼けるような暑さで声が出ない。 やっとのことでうめき声にも似た声を上げると、その背中がゆっくりと振り向く。 ピンクの髪がふわふわと揺れている。 (ラクスだ) 安堵したはそばに寄り両腕をしっかりと掴んだ。 どこへも行ってしまわないように 「・・・」 しかし、名前を呼ばれて違和感を感じた。 聞きなれたあの声ではない。 少年にしても少し高く、癖のある声。 この声の主をよく知っている。 はじかれるように顔を上げるとやはりその人物だった。 確かに先ほどまではラクスだったはずなのに 彼は苦々しく顔を歪める。 「どれだけ騙せば気が済むんだ!!」 掴んでいたと思った腕は、人の力とは思えないほど力強く掴まれていた。 痛い は眉を寄せた。 それ以上に熱い。 そこからじわじわと熱くなっている。 熱い、熱い、熱い、熱い、熱い 熱に耐えようと下を向きはを食いしばった。 目に入ったのはたくさんの足。 気がつくとたくさんの人が自分を囲っていたのだ。 信じられない思いで顔を上げる。 これでもかというほど憎しみをこめた目で自分を見ていた。 ぱっと視界が明るくなる。 ひどく気持ち悪い汗をじっとりかいていた。 見慣れた白い壁にここかどこであるかを理解する。 (アークエンジェルの医療室) 体を起こそうとしたがだるい。 仕方がないので、このだるさが取れるまで横になっているしかないとあきらめた。 は額の汗をぬぐう。 あの暗闇もあの人々も夢だったのだろうか。 妙にリアルな感じだった。 (でも) 自分は生きている。 無茶をしてストライクに乗って守ると豪語して 結局、何一つ守れなかった。 (きっとあの人たちはあのランチの人たちだ・・・ヘリオポリスかもしれない) 天井に手をかざして隙間からこぼれる光に顔をしかめる。 自分は何をやっているのだろう。 ストライクに固執し続けたイザークのデュエルとディアッカのバスターは地球の引力に引かれ、 単体で地球へ降りることを余儀なくされてしまった。 ガモフがメネラオスと墜ちてしまったので、一人難を逃れたニコルはヴェサリウスへと帰艦した。 赤服に着替え、報告を済ませるとすぐさまアスランを探す。 やっとのことで見つけたアスランはパイロットの控え室にいた。 「ここにいたんですかアスラン」 ニコルは微笑みながらふわりと部屋に入ってくる。 久々にきちんと顔を合わせたのにアスランからは気のない返事が返ってきた。 「イザークたちは、無事に地球に降りたそうです。さっき連絡がありました。・・・でも」 でも その続きはわかっていた。 アスラン自身もそれが一番気にかかっていたところなのだ。 「の所在の確認が取れていません」 やはり、とアスランは目を伏せた。 「わかっている。」 しばらくの沈黙が流れ、ニコルが重々しく口を開く。 「・・・さっきの戦闘でメネラオスから射出された避難用のシャトルをイザークが打ち落としました」 「それには乗っているわけじゃないだろう?」 「・・・多分、乗っていないと思います。でも、僕、不安で。 今まで、どんなときでも必ずそばにいたので・・・離れていることがこんなにも不安だなんて思いませんでした」 ニコルはドックに向いている窓に手を置きイージス、ブリッツ、そしてその奥にあるガイアに目をやった。 人質交換の為にヴェサリウスへ乗って来て、そのままだったものだ。 アスランにもその不安な気持ちはよくわかる。 誰もが彼女なら生きている、と信じてやまないだろう。 しかし、今回の交戦で敵の艦隊は全滅している。 もし、アークエンジェルに乗っていなかったとしたら・・・ 少しの不安要素でもの死へとつなげてしまう。 そう思う度に言いようのない怖さが自分を支配する。 (大丈夫だ、絶対には生きている) 幸いにもアークエンジェルが落ちたところはザフト軍圏内である。 無事であればうまく立ち回って味方の軍に合流するだろう。 (は生きている) アスランは心の中で繰り返した。 慰めのようにも思えたが、今はそう信じることがアスランにもニコルにも大きな力になっていた。 意識を回復したは間もなくして入ってきたフラガに 今までの状況とこれからについて一通り説明を受けた。 もちろんあんな状況で二人乗りをしたお叱りもだ。 「これで説明と状況、お説教はあらかたすんだな」 ベッドの横で腰掛けていたフラガが目にかかった髪を鬱陶しそうに掻き揚げる。 「すみませんでした」 「俺より艦長にあやまんな。で、とりあえず自己紹介だ。俺はムウ・ラ・フラガ。大・・・おっと、少佐だ。 知っていると思うが、あのMAの、この艦の数少ないパイロットね」 「・です」 「お嬢ちゃんの報告はさっきちゃんと正式に受けたよ。階級は少尉だと」 名前を告げたにもかかわらず、フラガはお嬢ちゃんと呼んだ。 「少尉?」 は怪訝そうに眉を寄せる。 入隊したばかりで、訓練も受けていないぽっと出のシロートをいきなり士官にあげるのか。 その表情で理解したのかフラガが苦笑いを浮かべた。 「坊主もお嬢ちゃんもパイロットだから、士官の階級が与えられるわけ」 「・・・そんな」 さらに険しくなるにフラガは手を伸ばし頭をぽんぽんと叩いた。 「ま、心配しなさんな。戦闘は男の仕事だから、坊主がいる以上お嬢ちゃんが出ることはないさ」 「・・・まだ、キラを戦わせるんですか」 フラガの顔つきが真剣になる。 「それは違うな。今回は降りるチャンスはあった。それでもここに残ったということは、 それは坊主が望んだことなんだ」 それは自分も同じことだった。 でも 守ると決めたミリアリアたちが地球軍として戦うことを決めたのなら、 彼女たちを平和な生活へと戻す為に戦った自分はどうすればいい? まだ力の入らない手で精一杯シーツを掴んだ。 「ま、何はともあれ、俺たちは運がいいのさ。」 そう言うとフラガは、またの頭を二度叩く。 「ほとんど単体で宇宙へ放り出されて、戦うことができるのはゼロとストライクだけ、 犠牲は大きかったが、それでもこうやってアークエンジェルも船員も全て無事だ。 こんな話をしてもお嬢ちゃんにはわからないかもしれないが、 あのガモフには、俺たちパイロットの間で恐れられている”ウラノスの翼”がいるんだよ」 「ウラノスの翼?」 「そ。ウラノスの翼。かなり皮肉っているけれどね」 フラガは肩をすくめて笑った。 (ウラノス) 聞いたことがある言葉だった。 は記憶を手繰り寄せようとする。 「・・・たしか、”天空”の意味を持つ、ギリシア神話の基盤になる神々の祖先ですよね」 「お!さすが、博識だね」 感心したようにフラガは目を丸くする。 「速さがさ、ジンなんか比じゃないんだなぁ、これが。左腕にこーんな装甲つけてて こっちのMAなんか何機でかかったとしても相手にならない」 右手で大きく左腕に装甲を描いた。 (・・・まさか) 思い出したのは自機の”ガイア”だった。 それ以外に左腕に装甲をつけているMSなど思い当たらなかったのだ。 「・・・ガイア」 「え?お嬢ちゃん知ってるの?」 「え、あ・・・いえ」 ポツリとこぼしたその言葉に反応されて、しまったとは目を伏せた。 「ま、普通のお嬢ちゃんが知るわけないよなぁ。俺も何度か戦場で合ってはいるが、 確かに翼の生えたような怖いほど綺麗な動きをするんだよね」 「・・・そうですか」 自分の戦いなど客観的に見たことがないので、敵から見たらそう思われていたことに驚いた。 そんな異名をつけられるほどに自分はすでに地球軍の中では脅威なのだ。 それと同時にはこの人の仲間を殺したという事実に気づく。 今まで自分たちが戦った相手となんて会うことはなかったけれど、これが現実だ。 今はなんでもない顔をして話しているが、それは自分が”ウラノスの翼”のパイロットだと知らないから もし、知ったとしたら、彼もキラのように自分をあんな目で見るのだろうか。 「話は逸れたが、この戦いに”ウラノスの翼が”参加していないのさ。 最初は配属変えでいないと思ったけど、そうでもないようなんだよね、 アルテミスではあの三機と一緒にいたし。でも結局、最初で最後。どうなってるんだろうね」 そのおかげで助かっているのかもな、と最後にフラガは付け足して肩をすくめた。 話が切れてもは顔を上げない。 フラガの疑問に対する答えは自分が持っている。 自分こそがそのパイロットだからだ。 でも、今は告げられない。 彼らを守らなくてはいけないから。 だから、自分は”ヘリオポリスのコーディネーターの学生”でなくてはいけない。 では、どこまで自分は”それ”でいなくてはならないのだろう。 目覚めてから疑問ばかりが浮かんでくる。 「お嬢ちゃん?さすがに目覚めたてに長話は辛かったか?」 フラガが沈黙に耐えかねて話しかけるとは顔を上げた。 「・・・キラはどうしてますか?」 「坊主ははまだ目が覚めないよ」 「そうですか」 「ま、お嬢ちゃんも大丈夫だったんだ。坊主もそのうち目を覚ますだろう。心配しなさんな」 「は・・・い」 「お大事に」 フラガは席を立ち、いすを片付けた。 扉へ向かおうとする。 「フラガ少佐、”ウラノスの翼”の皮肉って」 「・・・あー。大地に空をあてつけたってやつだよ」 フラガはこちらを向かず、背を向けたままそう答えた。 「・・・ウラノスの翼」 フラガが出て行った後、ただ天井を見つめながらその名前を繰り返した。 イザークから聞いていたその神話を思い出している。 あのMSの名は万物の生みの親である女神ガイアからとったのだ。 何の因果なのだろう。 ガイアの最初の子供であり、夫であり、そのガイアの命で殺された天空の名を持つウラノス。 その翼を持つと称された自機。 フラガは誤魔化していたが、自らが自らの過ちで自らを殺せ、といった皮肉がしっかりとこめられていた。 (・・・そんに皮肉らなくてもその通りになってるわよ) 半ば自棄になったようにはき捨てる。 翼はとうに折れている。 わかっていた 結局、自分には飛ぶことなどできないのだと |