翌日、キラが意識を取り戻したと告げられた。

それを聞いたのは、ミリアリアに心配されたが、大丈夫、と言って食堂で皆と一緒に食事をしているときだった。

わたしは相も変わらずうまく”学生”を演じている。

多分、唯一事実を知っているキラが目を覚ましていなかったせいもあるだろう。

トールの言葉に喜ぶ三人に気づかれないようにわたしは目を落とした。

「もう大丈夫らしいってことで、自分の部屋に戻っている。食事はフレイが持っていったけど・・・あ」

話の途中で急に入り口を見るトールに皆も一斉にそちらを向く。

そこには地球に降りてからずっとつきっきりでキラの看病をしていたフレイが空のトレイを持って入ってきたのだ。

わたしはいつものとおり手をあげフレイに呼びかける。

「フレイ!キラの様子はどう?」

フレイもいつもの笑顔を向けてくれた。



わたしは吐き続ける自分の嘘に眩暈がした。











どうかこの声が

貴方に



どうかこの声が

君に




届きますように














 
call 【触れられぬ心】












「なによ!!」

穏やかな食堂で響き渡るフレイの金繰り声に皆が唖然とした。

一番驚いたのは他でもないその言葉を向けられたサイだろう。

鋭い目がサイを貫いている。

好意に満ちた目を向けられることはあったにしろ、あからさまに拒絶するような目を向けられるのは初めてだった。

サイはなにがフレイを怒らせてしまったのか全く分からなかった。

どうして、フレイが自分にそんな態度をとるのだろうか。

自分はフレイに好かれていた、愛されていたと思っていたサイには衝撃だった。

ただ、がキラの様子を伺い、フレイがそれに答え、頑張って看病しているフレイを気遣って休んだら、と手を掴みいっただけだった。

言っただけなのに

フレイがサイに向けた目は、まるで自分とキラを引き離そうとする敵を見るような目だった。


フレイ・アルスターと言う人間はいたってシンプルだった。

好きなものは好き、嫌いなものは嫌い。

そうやって生きることが許されていた。

そんな彼女が絶対的な嫌悪を向けていたのはコーディネーターだった。

いきなりコーディネーターが自分達の平和を奪い、嫌がおうにも戦いの中に身を投じなければいけない状況にさせられた。

そんな時、それに輪をかけるようにしてコーディネーターに父親を殺されたのだ。

そのフレイが地球に降下してから何かがおかしい。

今までのフレイを知る皆がそう思っていた。

だってそうだろう。

コーディネーターを一括りで憎むフレイが軍に志願したことならまだしも、キラを看病するなんて。

いままでだって仲がよかったわけでもない。

だから余計に不自然なのだ。

フレイがキラを好きになったのだろうか。

でも、それは絶対にありえないことだった。

それはキラがどうとかではなく、彼女の根本にあるものがキラを対象へすることはないからだ。

今の行動のどれ一つをとっても自分たちの知っているフレイ・アルスターにはつながらなかった。


動揺しているサイは乾く喉からやっと声を絞り出す。

「い、いや、なにって・・・」

「サイ、あなたとのことは、パパが決めたことよ。そのパパも・・・もういないわ」

不可解な行動を取っていたフレイのその言葉の意味することはすぐにわかった。

テーブルで様子をうかがっていたも驚いてみんなと顔を合わせる。

「まだお話だけだったんだし、色々状況も変わったんだから、何も昔の約束に縛られることはないと思うの」

それはあのフレイから本当に出た言葉だったのだろうか。

ここに来てから、ことあるごとにサイに甘えていたのに。

唖然としているサイのとなりを何も捕らわれることなく風のようにフレイは通り過ぎていった。

足音が遠ざかるのに我に帰ったサイは慌ててフレイの名を読んだが、すでに彼女には何も届いていなかった。

達も微妙な表情になる。

キラを応援していたミリアリアとトールも本当にこういう状況になるとどうしていいものか分からなかった。

キラにおめでとうと言うべきなのだろうか。

サイのことを差し引いてもそれは違うようなきがした。

それは今の二人の関係が何か全く違うもののような気がしたからだ。





それからはあの昼食以来必要以上にミリアリアたちに近づかなくなった。

ほとんどをドックですごし、休憩を気にせずに働き続けた。

そうすることで彼らに会う機会をほとんど無くしていたのだ。

ミリアリアたちを傷つけない為とは思っていても、結局、それは自己防衛手段だった。


アークエンジェルの現地点はザフト圏内の真っ只中で、それもあの北アフリカだった。

北アフリカには砂漠の虎と呼ばれるザフト軍の有能な指揮官アンドリュー・バルトフェルトがいる。

何時戦闘になってもおかしくはない。

クルーの緊張感も自然と高まっていた。

自分のためにがドックに入り浸っているが、それはクルーにとっては万歳だった。

修理などの雑務をこなすのに人手が足りなかったのだ。

彼女がコーディネーターだということは知れ渡っている。

だからこそその力が必要だった。

民間人のコーディネーターなら大丈夫だと、誰も何も疑わずに。

そして、それは必然とコーディネターの力を認めていることになっているのにもかかわらず。

普通に笑いかけてくれる人に胸が痛んだが、仕方ないと唇をかんだ。

「おい、お嬢ちゃん。こっち、あとで手伝って欲しいんだが」

いつのまにかドックにいたフラガに声をかけられは声のするほうを振り向いた。

フラガは灰色の流線型の機体の前にたっている。

それはアークエンジェルとストライクの支援用に作られた地上用の戦闘機だった。

ストライクのパワーパックの搭載も出来るという、エネルギー消費の激しいストライクにはありがたい代物だ。

それにメビウスゼロは宇宙型戦闘機なので地球では使用出来ない。

二機あるうちの一機は地上戦でのフラガの自機になるようだ。

「俺も機体ないと安心できなくてさ」

その気持ちはよく分かると思った。

実際に自分がいま、そう思っているから。

砂漠の虎を相手にこの稚拙な戦闘機二機とストライクで切り抜けることすら危ういと考えていた。

調整が終わらなければストライク一機になる。

いくらこの艦が有能だと言っても可能性は低くなるだけだ。

「はい。分かりました。これが終わったら手伝います」

それなら急がないといけないとは先に頼まれていた仕事を片付けようとフラガに頭を下げて背を向けた。

(地球軍の戦闘機・・・か、どんなものだろう)

軍人と言うよりは純粋に製作者としての興味をそそられた。

このアークエンジェルにしてもそうだ。

地球に下りてから艦について関わるようになり、この艦のすごさを改めて感じさせられた。

これほどまでのものが地球軍に作れるのだろうか。

裏に見えない大きな力を感じた。

てきぱきと動いていると背中に嫌な視線を感じて振り返る。

さっきと同じ場所でフラガがこちらを見ていた。

「・・・なんですか、少佐?」

「いやいやずいぶんとこなれているなぁ、なんてね」

にっこりと笑いながら無意識だろうがの核心をついてくる。

「こういうの好きなんで」

軽くあしらうようにして再び作業を始めた。

この人は油断が出来ないと思った。

この間、ガイアの話をしていたにしても、女の子相手にするには少し不自然な内容だ。

ただ単にそういう人間なのか、それとも相当の策士か。

いずれにしても近づくことは望ましくないと瞬時に理解できた。


『第二戦闘配備発令!繰り返す、第二戦闘配備発令』


ドックに響き渡る放送にそこにいた全員がはじかれるようにして顔を上げる。

フラガは苦い顔をした。

「・・・スカイグラスパーも出せねぇってときに。こっちの都合も考えてくれっての!」

多分、虎に向けての罵倒だろうが、ここはドックなのでもちろん聞こえるはずもない。

フラガの怒鳴り声に数人の気弱な整備士が振り返った。

(・・・このままじゃストライク一機で迎え撃たないといけなくなる)

は緊急事態を考慮して先にスカイグラスパーの調整に取り掛かることに決めた。

「少佐、すぐ取り掛かりますから」

振り返り、スカイグラスパーの前で地団太を踏んでいたフラガの元へと駆け寄る。

その時、艦上空で大きな爆音が響いた。

目を開いてフラガと顔をあわせる。


戦争が始まったのだ。


小さく舌打ちをしてスカイグラスパーの操縦席へ乗り込む。

パソコンを接続してOSを確認した。

(これじゃあ・・・)

確認し始めてすぐに、顔の血の気が引く思いだった。

それは予想以上に稚拙なOSだったのだ。

これを自分が怪しまれない程度にナチュラル用のOSに書き換えるのは少し時間がかかる。

「少尉!これじゃあ出撃は無理です!」

「だから!とにかく飛べるようにしてくれるだけでいいんだよ!!」

いらつきも限界にきていたフラガは当たり前の申し出にも乱暴な口調になっている。

「・・・飛べるだけって」

「それが無理だってが言ってんでしょうが!」

が顔をしかめているとそばにいたマードックが助け舟をだしてくれた。

助け舟、のはずがいつのまにかフラガとマードックは口喧嘩を始めてしまう。

(おいおいおいおい)

「とにかく、わたしは作業を進めますんで!!」

口喧嘩を聞いていても仕方ないと再び操縦席に戻ろうとすると、奥から足音が聞こえた。

振り返るとパイロットスーツに着替えたキラがこちらへ、正しくはストライクのほうへ走ってくる。

「・・・キラ」

その声が届いたのかキラはスカイグラスパーの上に乗っているを少しも驚いた顔をせずに見た。

こちらへ向いたキラの顔は自分が知っているキラとは全く違うような顔だった。

それは自信なのだろうか。

だたの直感だがそれがすごく危ういようなものに見えた。

命綱なしで綱渡りをするような、危険な自信。

二人は目は合っていたがどちらも何も声はかけない。

きっとお互い、その存在を無視しきれたら良かっただろう。

それが叶わないのはそれぞれの心に相手がいすぎたのだ。

今はただ、視線を交わすことしか出来ない。

「お嬢ちゃん!早くしてくれ!!」

「あ、はい!すみません!!」

ストライクに乗り込むキラの背中を見つめていたところをフラガに呼びかけられ我に帰った。

(今はこれをやらなきゃ)

は操縦席に滑り込み再びキーをたたき始める。

奥ではストライクが動き始め、発進する準備をし始めた。

「・・・っ!!単独で?!敵が誰だかも分かってないのに、早すぎるわよ!!」

先ほどの嫌な予感が的中した。

キラは単身で出撃し、敵を倒してくるつもりだろう。

そんなことできるはずがない。

いくらキラが優秀なパイロットだとしても重力のある地球と宇宙とでは勝手が違いすぎる。

それに誰がこようと相手はこの地球、砂漠で戦ってきたものだ。

ついこの間地球へきて初めての戦いに望むパイロットが勝てる可能性はほとんどない。

ふともう一台のスカイグラスパーが横切った。

この一台を終えて、自分用のOSにするには容易い。

「早くしなちゃ!!」

は画面と向かい合い驚異的な速さでキーを打ち始めた。










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