「敵の戦艦はレセップスだ」

先の戦いで何とか出撃できたフラガが苦々しい顔をしてそう告げた。

それは砂漠の虎と呼ばれるアンドリュー・バルトフェルトの母艦だった。

まずい状況になったと調整していたもう一台のキーを打つ手を止めては眉をしかめる。

他の艦隊ならともかくあの砂漠の虎だ。

さらにここを切り抜けることが難しくなった。

きっといま、艦全体が嫌な雰囲気になってるに違いないと思った。

それから、もう一つ、今、好ましくない状況があった。

それはストライクを救ったバギーに乗る謎の集団である。

が思ったとおり、砂漠での戦いはキラにとって容易なものではなかったのだが、

それを助けてくれたのがその集団だった。

砂漠の戦いに良くなれた、ただのシロウトの抵抗集団ではないことは先の戦いで証明されている。

だが、それだけで他は何も分かっていない。

この出会いが吉と出るか凶と出るかはには見当もつかなかった。











どうかこの声が

貴方に



どうかこの声が

君に




届きますように














 
call 【その幕を引くのは】












は先ほどからドックの中をいったりきたりしている。

落ち着かないのは外でバギーの集団と艦長たちが話をしているからだ。

しかし、すでに数十分は過ぎているが銃声は一つも聞こえてこない。

だからといって安心していい状況ではない。

腕を組んでうろうろしているにマードックが声をかけた。

「そんなに落ち着かないなら見てくればいいじゃないか」

「あ・・・いえ。大丈夫です。すみません、艦の修理手伝います」

「いや、まだ指示が出てないからな。手伝いはいいさ」

はい、と短く返事を返すと調整途中だった、もう一機のスカイグラスパーに乗り込む。

そこで何をするわけでもなかったが、どうしてか操縦席に座ると心が落ち着いたのだ。

大きく息を吸い、深く息を吐いた。

キラを助けてくれたと言うことは味方なのだろうか。

でも、ただ敵が一緒だっただけなのかもしれない。

そうすると敵がいなくなれば、こちらが敵になると言うこともありえる。

考えれば考えるほど難しい状況だ。

唯一救いなのは、軍のようなものではないということだった。

艦やMA、MSなどを持っていたらそれこそ冗談じゃない。

色々と考えているうちに急にまぶたが重くなってきた。

ここのところあまり良く寝ていなかったし、その上、働き続けている。

ここで唯一落ち着ける場所を見つけ眠くなってしまったのだろう。

(少しだけなら平気だ、よ・・・ね)

そう思っていた途中で意識を手放した。





「おーい!おーい、!」

まぶたに強い明かりを感じては目を覚ました。

「・・・トール?」

眠気眼をこすりながら薄暗いドックの中を見渡すと、

スカイグラスパーのハッチのところから呆れた顔でトールが灯りを片手に覗き込んでいる。

「まったく、こんなところにいたのかよ。探したってのー!」

「ああ、ごめん」

まだ、いまいちはっきり頭をそのまま垂れ下げて謝った。

「こんな狭いところでよく寝れるな。せっかく個室あんだからそっちで寝ろよ」

「ちょっと仮眠とろうとしただけだから・・・」

仮眠と聞いてさらにトールは呆れたような顔になる。

「お前ね、仮眠て言うのはせいぜい一時間か二時間だろ、何時間寝てると思ってんだァ?」

「え・・・と、そんなもんじゃないの?」

「六時間」

「え?!嘘!!いてっ!!」

一気に目が覚めたは慌てて立ち上がる。

急に立ち上がったので覗き込んでいたトールのあごに頭をぶつけてしまった。

「・・・いちちち、っとにお前なー」

半泣きになったトールがあごを抑え睨み付ける。

手の隙間から見えたあごは赤くなっていた。

「ご、ごめん。この艦はどうなってるの?」

「さっきの地点から200km行った所、「明けの砂漠」っていうレジスタンスの本拠地にいるんだよ」

聞いたことのある名前だとは首をひねる。

「確か・・・反ザフト派のレジスタンスだったよね」

「よく知ってるなぁ」

「あ、ああ、まあね」

思わず口にしてしまった言葉を指摘され、曖昧に濁した。

「まぁ、とりあえずは味方みたいだから大丈夫みたいだけどよ」

そうだろうとは深く頷いた。

今はここを占領しているのがザフトだから、彼らはザフトに抵抗している。

そのザフトと交戦している地球軍はおそらく敵の敵、味方と判断されたのだ。

この出会いは良い方向に転んだ。

は安堵の笑みを浮かべる。

「で、トールはどうしたの?」

「俺は休憩に入ったんだけど、フラガ少尉に呼んで来てくれって頼まれてさ、探してたんだよ」

「そうか、ありがとう」

ハッチの枠に手をかけてすとんと身軽に降りた。

それを見てトールも同じように、とまでは行かないが飛び降りる。

「悪いね、わざわざ休憩中に」

「いいよ。どうせもうすぐミリィも休憩だから、一緒にメシでも食べるさ」

「仲がよろしいことで」

そこで、ふとトールの顔が真剣になった。

はサイとフレイと・・・キラのことどう思う?」

「え?」

「何かおかしいよな、あの三人」

トールのこれまでにない真剣な表情にも難しい顔をする。

キラは自分のことがあるにしろ、フレイとサイもおかしい。

それは先の食堂のことも含んでだ。

「ミリィが言ってたんだ、おかしなことにならなきゃいいって。でもさ、実際、俺はフレイの件じゃキラを応援してた。

 弁解じゃないけど、サイとフレイがそんな関係だと知らなかったからさ・・・なんつーか、軽率だったと思ってるよ」

は小さくそうだね、と答えるしかなかった。

「今の状況が本当にそうだとしてもさ、でも、こういうことはおかしいよな?何かか違うと思わないか?・・・上手くいえないけど」

トールの言いたいことは良く分かる。

その言葉は自分にも突き刺さった。

「・・・トール」

「ん?」

「大丈夫だと思うよ」

その言葉に何の根拠もなかったが、トールはそう言って笑ったに強い力をもらった気がした。

男のくせに女に励まされるなんて、なんて思っていたかもしれない。

でも、に対しては違った。

何をしてても対等に扱える。

それはミリィのように愛おしさなどは感じないが、一緒にいて楽しいし、心も落ち着く。

男女の友情ってこういうものなのだと実感させられた。

「あはは、なんか、変な話しちゃって悪いな。ごめん、忘れてくれ」

トールは少し照れたように頭を掻いて笑った。

「平気。わたしのほうこそ話してもらえてよかった」

「ホントにわりぃ、ミリィとかカズイだと余計心配しそうでさ。聞いてもらえるのぐらいしかいなくて」

「いいよ。こっちこそありがとう」


わたしを信じてくれて。

いつかイザークがに言ったことがある、なぜ友達ごっこに付き合う必要がある、と。

今ははっきりといえる、これはごっこなんかじゃない。

彼らの自分に向けてくれた言葉も笑顔も全て本物だった。

自分もそれに答えて、友情を分かち合った。

短い期間だったけど、それでも自分にとっても本当の友達だったのだ。

だから、こうやって接してくれる。

友達を疑うなんて念頭にないのだ。

それをいいことに自分はその友達をだましている。


笑ってるトールを横目にゆっくりと目を閉じて、すぐに目を開いた。

その目に今までの迷いはない。

「トール、この艦が無事に味方の艦隊と合流できたら話があるの」

「俺に?」

「ううん。皆に」

「ああ、聞いてやるよー。でも今はとにかく頑張って・・・て、俺達は何も出来ないけどさ、この状況を切り抜けよう」

「うん。頑張ろう」

トールがにっかりと笑い、に手を差し出した。

は迷うことなくその手を掴み、大きく頷いて強く握り返す。





トールから教えてもらった場所にフラガはおらず、仕方ないので艦を探し回ることにした。

顔見知りの兵士とすれ違うときはフラガを見なかったか聞くことも忘れずに。

「どこいったんだろう、フラガ少尉・・・女の人んところ、てことはないでしょうね」

軽薄そうな笑みを思い出し、あながちそうではないと言い切れないところがいやだった。

は眉をしかめる。

廊下の先に明かりが見えた。

ハッチが開いていて、中の光が外の暗闇へと広がっている。

そこはおそらく外に繋がるハッチだろうとふんではそこを目指した。

扉のそばまでくると外の風景と迷彩ネットをかぶったガンダムらしき足が見る。

外に出てみようとすると話し声が聞こえてきた。

「殴るつもりはなかった・・・わけじゃないが、あれははずみだ。許せ。」

あまり悪びれを感じさせない謝罪とそれとは別の少年の笑い声だった。

少年の久しぶりに聞いた穏やかな声はすぐに誰のものかわかった。

(・・・キラだ。じゃあ、もう一人は)

フレイか?と思ったが、声は高くとも彼女の声とは全く違うものだったのだ。

凛としていて良く通る少年のような少女のような声だった。

「ずっと気になっていた。あの後、お前らはどうしたんだろうと」

「ごめん」

「もう一人の奴はどうした?・・・もしかして!」

「大丈夫、なら生きてるよ。この艦にいる」

自分の名前が出てきてビックリする。

それから聞こえてきた話を頭の中で整理した。

あの後、

もう一人、

生きている、

(もしかして)

そこでやっとは思い出した。

聞き覚えのあるその声の主はヘリオポリスで共に逃げたあの少女だったのだ。

イザークに打ち抜かれたランチを思い出し、彼にはは何もなく助かったのだと安堵のため息をつく。

「そうか。あいつにも会ってお礼が言いたいな」

「どうだろう、さっきみたいなあんなお礼じゃきっと言い直させられると思おうよ」

「なんだと!!」

キラが冗談だよ、と笑う声が聞こえる。

その声が懐かしくて胸が締め付けられた。

ああやって笑う少年だったと忘れてしまいそうだったから。

「で、そのお前が何でこんなものに乗って現れる?おまけに今は地球軍か!」

少女が問い詰めようにして声を張り上げると、その答えを言うまでにキラはしばらくの間を空けた。

「いろいろとあったんだよ、いろいろね」

キラの声のトーンは沈み、少女も何かを察したのかそれ以上追求はしてこなかった。

これ以上盗み聞きは良くないとは踵を帰そうとする。

振り返ると角からフレイとサイが歩いてきた。

ここからでは良く聞き取れないが、その様子からしてやはりなにやら言い争っているようだった。

思わず隠れようとしたはそばに隠れるところがなかったので、扉から外へ出てしまう。

まずいと思ったがもう後の祭りだった。

出てきたところですぐに少女と目が合ってしまう。

人差し指を立て、声を出すことを抑止させようとしたが遅かった。

「あー!!お前!!」

少女の声にキラははじかれたように顔を上げる。

「・・・

「こ、こんばんは」

はきちんと笑顔を作っているつもりだろうが、キラにはぎこちなく見えた。

必死に顔を作ろうとするに対してキラは真逆で、一切表情を作ろうとしなかった。

確かに地球に降下するとき、キラは言った、”ごめん”と。

でも、ここまで露骨に拒絶されてしまうと、それが熱さにうなされて見た夢だったのではと思えてしまう。

「ちょうど今、お前の話をしていたとこ」

「ちょっと待ってよ、フレイ!そんなんじゃ分からないよ、ちゃんと話を」

「うるさいわね、話ならもうしたでしょ!!」

少女の会話はサイとフレイの会話で遮られてしまった。

驚いてハッチのほうを見るとサイとフレイが外へ出てきていたのだ。

(よりにもよってこっちへ来るなんて)

は失敗したと後悔した。

こうも悪いほう方向へ行くなんて思ってもいなかったのだ。

「キラ!!」

が苦い顔をしていると、フレイは呆然と見ていたキラと少女に気づき、キラの方へと駆け寄る。

そして、フレイはしっかりとキラの腕にしがみ付き、その背中に隠れた。

キラもフレイを守ろうと一歩前へ出る。

「フレイ!!」

その様子を見たサイは余計に苛立ち、乱暴にフレイの名を呼んだ。

酷い形相でこんなサイは見たことないとは思った。

名前を呼んだはずの少女は何も応じない。

変わりに応じたのはサイの前に立ちはだかるキラだった。

「なに?」

そんなはずはないのに自分よりも小さく華奢なはずのキラが大きく見る。

コーディネーターだからなのだろうか、その姿には大きな力を感じた。

でも、ここで引き下がるわけにはいかないとサイは戸惑いながらも口を開く。

「フレイに話があるんだ。キラには関係ない」

「関係なくないわ!!」

再び声を張り上げたフレイにみんなの視線が集中する。

「だってわたし、昨日はキラの部屋にいたんだから!!」

どういうことなのだろう。

サイとは唖然としてしまった。

その言葉の意味は、やはりそういうことなのだろうか。

そう繋げた自分が恥ずかしいと思うよりも先に恐怖が走った。

ちらりとキラがこちらを見たような気がした。

「どういうことだよ・・・フレイ、君」

「どうだっていいでしょ!サイには関係ない!!」

「関係ない?関係ないってどういうことだよ、フレイ!!」

その言葉がサイを貫き、キラに安堵を与えた。

そして、あまりに心無い言葉には震える。

どれだけサイが傷ついているかと思うとキラとフレイが悪者に見えてしまった。

「もうよせよ、サイ」

「・・・キラ?」

「どう見ても、君が嫌がるフレイを追っかけているようにしか見えないよ」

「・・・なんだと」

サイの顔が徐々に変化してく、憎むべきものを見るように、悲しみと強い怒りだった。

キラは目を伏せて更に身を寄せてきたフレイを受け入れる。



「何かおかしいよな、あの三人」



なんと言っていいか分からないこの状況に、三人を気遣うトールの声が頭に響いた。

こんなのはおかしすぎる。

「もう、みっともない真似はやめてよ。こっちは昨夜の戦闘で疲れてるんだ・・・」

あんな自分勝手な戦い方をこんなところでひけらかすのか。

明けの砂漠がいなかったらキラはおろかアークエンジェルすらどうなっていたか分からないのに。

それでも力があると言うのか。

力があればいいと願っている人の前で、その人の力を全くないものかのように扱って。

「キ」

「キラぁぁぁ!!!」

が声を上げようとしたすぐ後にサイがうめき声にも似た声を張り上げキラに掴みかかる。

だが、そこでもすぐに自分の力のなさを思い知らされてしまった。

サイは一瞬にしてキラに腕をねじり上げられたのだ。

「やめてよね」

その冷ややかな声はまるで知らない誰かのものようだった。

「本気でケンカしたらサイが僕に敵うはずないだろう」

静かに強い炎のようにキラの言葉がやみに広がる。

今まで暴力の類になることをけっしてしなかったキラが揮った暴力に、サイも、後ろに隠ていたフレイすら震えたようだった。

「キラ!!」

そこで初めては声をあげ、キラたちに近付いた。

驚いたフレイは先ほど離してしまった手を再びキラに絡めた。

「三人のことだから、わたしが口出しすることじゃないって分かってるけど・・・でも、こういうのってないんじゃない?!」

キラは顔を上げ、その視線でを射抜く。

サイに向けられていたものとは違い、明らかな怒りの色が見える。

でも、は引き下がれないと思った。

「人を傷つけるような暴力と言葉で押さえつけるなんて、キラもフレイもよくないよ!!」

一瞬キラの顔に悲しみが見えたような気がしたが、すぐにそれは元の怒りの色に変わる。

に、僕を咎める権利なんてあるの?」

含みを持たせた言い方にはドキリとした。

それが何をさしているのかはよく分かっていた。

キラは言いたいのだ。

それをやってきたのは誰なのかと。

そして、自分の道を阻むものがなんであろうと許さないといいたげな瞳を向ける。

「で、でも、キラ!!」

に、僕達の平和を奪ったザフトの人間にそんなこと言われたくないよ!!」

そういった瞬間、キラが慌てて口元を抑えた。

フレイがキラを見て、その言葉に偽りがないことを感じ取った。

そして、を見る。

助け舟を出してあげたはずのサイの目も信じられないような目でこちらを見ている。

その二つの視線はまるで汚いものでも見るかのように、大きく見開かれたその瞳は疑惑と嫌悪感でいっぱいだった。



薄いガラスが一度の衝撃で崩れ落ちる。

音を立ててがらがらと。



終わりはあっけなく訪れた。










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