覚悟を決めてその一歩一歩を歩いた。 どうしてか心はひどく落ち着いていることに自分でもびっくりした。 ブリッジへの扉がゆっくりと開く。 皆の目が一斉にこちらを向いた。 一度だけ胸がどくりと言う。 視線は思いのほか柔らかかった。 艦長が振り向きこちらへ、と手招きする。 その表情もやさしい。 どうして。 マリュー艦長の前に見慣れた茶色い髪が揺れていて、それが誰だかなんて分かりきってて分かりたくなかった。 そうだね。 引き金を引いたのはあなただったね。 「ええ。 、ザフトの人質だったんでしょ?大丈夫だったの?酷い事されてない?」 サイはお前もなのか、と言いたげな目で私を見る。 「そうだな。 までコーディネーターってばれたら大変だし」 そして、キラは私を 見ない。 どうかこの声が 貴方に どうかこの声が 君に 届きますように そこにいた四人全員が言葉を失っていた。 こうなることはわかっていたはずなのに、うまく口が回らない。 覚悟はとうに決めたはずだ。 でも、いざこの状況になると、ただ眩暈と吐き気に襲われる。 キラを目の前にしたら、それ以上何か言えるはずがないのだ。 一番傷つけてしまったキラの前では 「あんたも・・・」 今までキラの腕にしがみついていたフレイが憎しみを搾り出すような声をだした。 彼女の瞳は今までにないぐらい怒りの色を映し、を睨み付けている。 「あんたも人殺しのザフトだったわけね!!汚いコーディネーターだったのね!!!」 フレイは声を張り上げ、ナイフのような言葉をぶつけた。 その言葉はだけではなく、キラの心も抉る。 キラは目を伏せた。 は思わず手を伸ばしてフレイに触れようとする。 違うのだと言わんばかりに。 それが何の弁解にならないことも分かっていながら。 「フレ・・・」 「触んないで!!」 ぱぁんと乾いた音が響く。 「あたしたちを騙して、苦しんでるときに笑ってたんでしょ!あたしのパパが殺された時だって、あんた笑ってたんでしょ!!」 フレイの目が、言葉がを貫いていく。 これが当たり前の反応なのだ。 フレイが言い過ぎているわけでもない。 じんわりと痛んできた行く当てのない手を戻し、は俯くことしか出来なかった。 「何とか言いなさいよ!」 言えるわけがない。 言えるはずもない。 「コーディネーターなんて皆、そうよ!汚くて、傲慢で、気持ち悪くて、最低!!かえして!パパをかえしてよ!!」 目には涙をためながら、艶やかな髪を振り乱しフレイは汚い言葉を言い続ける。 その剣は当たり前に与えられた自分の権利のように。 しかし、フレイは気づいていない。 コーディネータ−と言った時点でその言葉はだけに向けられたものではなくなることを。 「・・・フレイ」 我を忘れ始めたフレイを止めたのはキラだった。 今にも殴りかかりそうだった細い腕をしっかりと掴んでいる。 「戻ろう、フレイ」 「だって!だってキラ!!」 「フレイ」 納得のいかない顔を向けるフレイにキラは優しく強い目で諭そうとさせた。 「・・・分かったわ」 内心は納得していないようだったが、キラに根負けしてフレイは再びしっかりとキラの腕にしがみ付いて引き下がった。 「そうよね、わたしにはキラがいるもの。キラが守ってくれるもの。あなたたちなんて怖くないわ。」 そう言ってフレイははっきりとこちらを見据えて妖艶に微笑んだ。 どうしてこの人はこうなのだと、ダコスタは頭が痛くなった。 先ほど出撃準備が整ったことを知らせに自分の上官であるバルトフェルトの自室に来たのだが、ここまで来て彼はコーヒーの豆を合わせていたのだ。 まったく緊張感がない。 しかも、そのコーヒーと言うのが、なんというかもう、暴力としか言いようのない臭気を放っている。 ダコスタは鼻が曲がりそうになるのを我慢しながら部屋の奥に進んだ。 「・・・隊長、この部屋喚起しませんか?」 それまで一心にコーヒーを混ぜていたバルトフェルトは嫌そうな顔をむける。 「わざわざそんなことを言いに来たの?」 コーヒーと向き合っているときの彼にはどんな正論も通じない。 そんなことは分かっているはずなのに、とそれでも言ってしまう自分の性分にダコスタは肩を落とした。 「出撃準備、整いました」 「はい」 あいまいな返事をしながら、サイフォンで沸いていたコーヒーをカップへ注ぎ、満足そうにその湯気を吸い込む。 これ以上ない至福の表情を浮かべた上司にダコスタはため息をついた。 砂漠の虎とも恐れられる彼のこの趣味だけはいい顔ができない。 「それから隊長、例の機体、無事に届きましたよ」 「そう」 「そうって・・・調整とかどうするんですか?」 「本人が適当にやるんじゃない?」 「適当って・・・その本人すらどこにいるか分からないのにですかァ?」 「近いうちに合流できるんじゃないかな?」 「え?連絡入ったんですか?」 びっくりしたように声を上げるダコスタにバルトフェルトはカップに口をつけたままにやりと笑った。 「ボクの勘」 ダコスタはがっくりと肩を落とす。 この上司の性格を分かっているはずなのにどうしてこんなに簡単にひかかってしまうのだろう。 この馬鹿正直な性格を直したいと心底、そう思った。 「うん、これもいい。ハワイコナはすこしでも十分にその存在を主張する。ボクは好きだね、こういうの」 バルトフェルトは独り言のようにこぼすと、カップを置き、艦長室をでた。 がっくりしていたダコスタも慌てて後を追う。 デッキの前には出撃準備の整った兵士たちがバルトフェルトの指揮を今か、今かと待ちわびているようだった。 その姿を見てバルトフェルトは口を孤に歪めた。 「ではこれより、レジスタンス拠点に対する攻撃を行う。昨夜はおいたが過ぎた。悪い子にはしっかりお仕置きせんとな」 ふざけるような一言を足したが、それを笑うものは一人もいない。 なぜなら彼をその少しだけ奇妙な性格だけで見るものなど一人もいないからだ。 彼は隊長だ。 実力を持ち、そして、この隊でもっとも尊敬され、信頼されている。 誰もが認めているのだ。 士気の高まる兵士にバルトフェルトはもう一度、口を緩めた。 バルトフェルトの”お仕置き”と言うのは街を焼くことだった。 家も弾薬も燃料もそして、食料も。 しかし、それだけだった。 彼は襲撃を事前に告げ、空になった街を焼いたのだ。 ザフトと幾度となく戦いを繰り返してきたフラガ達にとってはなんて善意的な攻撃だろう、とそこに砂漠の虎と呼ばれる人物の人柄を見た。 確かに戦力的な話をすれば、虎から見れば赤子を捻り殺すようなものなのだろう。 しかし、それをしないと言うのは”生きてさえいれば”と告げているような気がする。 だが、攻撃に刺激された一部のレジスタンス達はバギーに乗り込み追撃を開始したのだ。 それは仕方のないことだった。 食料も住む場所も焼き払われ、難民になってしまった彼らの怒りはやはりその当事者に向けられることが妥当なのだ。 彼らの耳に、心にバルトフェルトの心もフラガの声も届いていない。 その騒ぎはもちろんアークエンジェル、そしてキラ達にも届いていた。 キラは急いで状況を掴むためにブリッジへ向かい、再度サイに手を取られたフレイもすぐに振り払ってその場を後にする。 しばらくして愕然としていたサイも立ち上がり、背中を少しだけ丸め、こちらを一度も見ないままアークエンジェルの中へ消えて行った。 も今はまだ地球軍のパイロットである。 調整したスカイグラスパーに乗り出撃しなくてはいけないのだが、足が動かない。 頭を垂らしながら足元をただ見つめているだけだった。 そして、乾いた砂漠に水が広がる。 ぽた、ぽた、ぽた、と。 泣くなんて卑怯だと分かっていたけれど、止まらなかった。 泣いていたって解決になんかならないのに。 ただ ただ今だけはこの溜まってしまった涙を流してしまいたかった。 きっと明日から更なる試練が自分を待っている。 だから、もう泣かないように泣いてしまいたかったのだ。 誰かに、と言うにはあまりにたくさんいる人々に謝り続けながら。 結局、先の戦いには出撃しなかった。 できなかったと言ったほうがよいのだろうけれど。 一応は平然を装って、ドックまで行ったのだが、あまりにひどい顔だったのだろう、マードックに止められ待機させられた。 レジスタンス側に多少の犠牲が出たものの、キラのお陰でそれ以上はなかった。 力の入らない体を無気力にベッドに横たえながら、先ほどからずっと天井を見ている。 この先のことを考えなくてはいけなかったが脳が考えることを拒んでいるようだった。 (あとわずかだ) は自分のタイムリミットを感じていた。 きっと自分のことはすでに艦中に広がっているだろう。 多分、これから自分は捕虜と言う形になるのは容易に想像がついた。 この先の戦いの為に利用もされ、下手をしたら拷問の末に殺されるのではないだろうか。 殺される。 その言葉は彼らと少しの間だけだったが、すごしてきた自分でもおかしな言葉だと思った。 似合わなすぎるのだ。 彼らの人のよさそうな顔が浮かんでくる。 でも、自分は罪人だ。 それも重罪を犯した罪人だ。 それは仲間であったからで、自分が敵となれば彼らも変わるだろう。 フレイとサイのように。 きっとミリアリアもトール達も変わる。 悲しいけれど、でもそれが当たり前だ。 それが正しい。 夜は明けた。 窓から日差しが差し込んでくる。 どうなろうと委ねよう。 自分のすべてを。 彼らに。 ビービーと部屋の通信が鳴る。 (・・・きた) は立ち上がった。 「はい、こちらアークエンジェル所属、・」 『少尉、艦長がお呼びです』 |