覚悟を決めてその一歩一歩を歩いた。

どうしてか心はひどく落ち着いている
ことに自分でも驚いた。

ブリッジへの扉がゆっくりと開く。

皆の目が一斉にこちらを向いた。

一度だけ胸がどくりと言う。

視線は思いのほか柔らかかった。

艦長が振り向きこちらへ、と手招きする。

その表情もやさしい。

どうして。

マリュー艦長の前に見慣れた茶色い髪が揺れていて、それが誰だかなんて分かりきってて分かりたくなかった。

そうだね。

引き金を引いたのはあなただったね。













どうかこの声が

貴方に



どうかこの声が

君に




届きますように














 
call 【虎の住み処】












自分の頭が上手く働かないのはこの暑さのせいだとは思いたかった。

この展開が明らかに自分の予想をしていた範疇外だったのだ。

照り付ける太陽を塞ぐように額に手をかざし、容赦なく吹き付ける熱気を帯びた風を身に受ける。

ひどく熱い。



「物資の補給?」

そうよ、とマリューは微笑んだ。

先の戦いで物資を消耗したアークエンジェルは、
明けの砂漠と名乗るレジスタンスの計らいで物資の補給を受けれることになったのだ。

共に行くレジスタンスの中で勝利の女神と呼ばれているカガリの護衛でキラとが指名されたと言う。

何故護衛が必要かと言うと、その補給場所が場所なのだ。

「・・・バナディーヤ、砂漠の虎の本拠地ですね」

敵の本拠地に物資の補給に行くのだからそれぐらいは当たり前なのだろう。

しかし、状況は納得が出来るが、根本的なところが違う。

どうして、敵である自分にそんなことを頼むのだ。

まさか、また・・・。

マリューの傍に立っているキラに視線を向ける。

きっと、キラのことだ、気付いているはずなのだろうが、決してこちらに視線を向けることはなかった。

は眉を寄せた。

今回はキラだけではない、フレイやサイもいたのだ。

話が広がらないはずがないのに、あまりに不可解なことが多すぎる。

マリューの様子にしてもおかしいところはなし、芝居をしている感じもしない。

本当に知らないのだろうか。

「わかりました。僕達でいってきます」

その声で我に帰ったはビックリしてキラの方を見る。

(何で?!)

「そう、ありがとう。宜しくお願いします」



それから全く頭の整理がつかないまま補給の説明を受け、今にいたる。

すでに四時間後の再集合までに買出しを終わらせるために日用品とそうでない物の調達に別れていた。

日用品はキラとカガリとの三人に任されている。

日用品の買出しであれば一番目立たない、妥当な組み合わせだろう。

はキラとカガリの少し後ろを歩きながらキラの背中をずっと見ていた。

(どうして、キラはあんなことを。)

自分と出かけることを承諾するなんて・・・

考えれば考えるほど分からない。

「おい!聞いているのか?」

声を掛けられて顔を跳ね上げると前にいるはずのカガリが顔を歪めて目の前で腕を組んでいた。

たちはカガリの護衛であったが、カガリはたちの案内役だった。

実際、カガリのお陰でなれない土地での買い物がスムーズにいったのは言うまでもない。

「ごめん」

「・・・まったく、お前もあいつも護衛なんだろ」

しっかりしろ、と言わんばかりに大きくため息をつく。

カガリはの手を掴み少し前で待つキラの方へ無理やりひっぱて行こうとした。

一瞬の手が強張る。

カガリは少しだけ気になることがあった。

ヘリオポリスで会ったときと先日再開したとき、そして今日、と明らかにの様子がおかしい。

どうおかしい?と聞かれてもきっと上手く答えられないが、何かに怯えているような気がする。

戦争を恐れる女子供の表情と似ていた。


「わたしは死なない」


ヘリオポリスでそう言った彼女の面影はまったくないと言っても過言ではない。

(それに・・・)

ちらりとキラの顔を見た。

この二人がまだ一度も顔をあわせていないのだ。

二人が一緒にいると上手く組み合わさったパズルを思い浮かべられたのに、
二人の間に何かが違ってしまったのだろうか。

カガリの胸には言いようのない不安が残っていた。



一通り買い物を終え、待ち合わせの時間までまだ大分あったので三人はカフェというには少しお粗末な店に入る。

もちろん、軒先のオープンカフェだ。

沢山の荷物を三人で分担して持ったが、それでもかなりの量になり一休みにはちょうどいい場所だった。

椅子に座るとすぐさまよってきた店員に慣れた調子でカガリが注文を告げる。

キラとカガリがぶつくさ言いながら買い物の話をしている横ではゆっくりとあたりを見渡した。

バナディーヤの活気は相変わらずだった。

もしかしたら数年前に訓練で来た時よりも発展しているかもしれない。

(昨日の戦いなんて嘘みたいだ)

ここだけ見ていれば戦争なんて微塵も感じなかった。

昨日の戦いで若い少年が死んだらしい。

戦いは何を残すのだろう。

今までそんなことを考えたことはなかったのに。

の脇を子供達が笑いながら通り過ぎてゆく。

思わず頬が緩んだ。

しかし、すぐにその表情は曇る。

平和を守るために戦わなくてはいけない。

この笑顔を絶やしてはいけない。

いまでもそう思う。

でも、

戦っている相手にだって守るべき相手も幸せもある。

いままで自分が殺してきた人たちに関わっている全ての人たちの幸せを自分は壊してきたのだ。

例え、その逆があるとしても、それは許されることなのだろうか。


「おい!おいってば!!」

また考え事に没頭していたの肩をカガリが乱暴に揺すった。

「本当にボーっとしすぎだぞ!大丈夫か?」

そう言ってカガリは眉をしかめながら赤いソースの容器を手に取る。

気がつけば目の前はドネル・ケバブと飲み物がきていた。

「あいや待った!!」

突然、後ろから声が上がり、三人は驚いて振り返る。

アロハシャツにカンカン帽、サングラスという今時旅行者でも見ないおかしな格好をした男が仁王立ちしていた。

三人はこの不審者に眉を寄せる。

しかし、だけはその男への不審感の意味が違った。

(この声・・・)

何かひどく引っかかるこの男を思い出そうと記憶の糸を手繰り寄せようとする。

男はそんな視線をもろともせずに両手を振って大仰に訴え始めた。

「ケバブにチリソースなんて何をいっているんだ君は!?
ここはヨーグルトソースをつけるのが常識だろう!!」

散々自論を持ち出した後、最後には「料理への冒涜に等しい!」と言う始末。

その言葉を聞いたカガリのこめかみが波打った。

「見ず知らずの男に私の食べ方をとやかく言われる筋合いはない!!」

それは短気なカガリでなくてもそう言っただろう。

すぐさま、チリソースを大量にケバブにかけ、大口を開けて頬張る。

「ああ!・・・なんという」

心底信じられないような顔をして男は打ちひしがれた。

これ見よがしにカガリはうまい、うまい、と頬張り続ける。

(大人気ない・・・)

カガリに大人気ないと思うのは少し早いと思ったが、キラはその様子を見てため息をついた。

しかし、すぐに他人事ではなくなる。

二人の視線がキラへと向いたのだ。

キラの背中に嫌な汗が伝った。

「ほら、お前も!!」

「ああ!待ちたまえ!彼まで邪道に落とす気か!!」

「何を言う!ケバブにはチリソースが当たり前だ!」

「いいや、ヨーグルトソースだ。ヨーグルトソース以外考えられない!!」

「ちょ・・・っ!!」

凄い勢いで迫ってくる二人にキラは体を引くことしか出来ない。

結局は両方のソースがかかってしまい、見るも無残なケバブが出来上がってしまった。

一応、それを頬張りぎこちなく微笑むキラ。

その様子を少しだけ微笑みながら見ていたは嫌な感覚を覚えた。

体に、というよりは体の中に走る感覚だ。

ロックオンの焦燥感に似ている。

三人を見るとキラとその男の表情が違っていた。

男の場合は雰囲気がピリっとしている。

気付いているのだ、この異変に。

何も感じていないカガリが声を上げようとしたその瞬間、
耳を劈くような鋭い音を響かせ何かが店に飛び込んできた。

とキラがカガリの腕を取り、男がテーブルを跳ね上げ、その影に隠れる。

間一髪の所で爆音が響いた。

たちは何とかテーブルの盾でやり過ごすことが出来たが、
突然襲われた人々は避けきれずあちこちで悲鳴が上がる。

カガリはテーブルを跳ね上げたときにケバブソースだらけになってしまったが、
命があるのだ、そんなことを言ってられない。

「・・・こんな街中でロケット弾なんて!」

は爆発音でやられた耳を抑えながら苦々しげに顔を歪めた。

その爆発音を合図としてマシンガンを打ち鳴らした次々に男たちが突入してくる。

(クソっ!いったい何が目的なの?)

こちらには武器も何もない。

応戦の仕様がないのだが、とにかくカガリを守らなくてはいけない。

自分の身を盾にするようにカガリをかばう様に前に構える。

「死ね!コーディネーター!!宇宙の化け物め!!」

「青き清浄なる世界のために!!」

襲撃者たちは次々に声を上げてトリガーを引き続けた。

(・・・まさか!?)

カガリもその台詞を聞いて襲撃者達が誰なのかわかったのだろう。

「ブルーコスモスか?」

コーディネーターを排除しようとするナチュラルの勢力”ブルーコスモス”

コーディネーターを忌み嫌い、その存在そのものを消しさらせようとする集団である。

そのやり方を見て、その中でも過激派だと言うことは安易に想像がついた。

しかし、それにしてもやり方が解せない。

何故こんな民間人のいる場所を狙うのだ。

根絶やしにするのが目的だとしても、これでは効率が悪すぎる。

それに全く反撃の出来ない人間を狙うことが許せない。

はカガリを守りながらその視界の端に立ち上がる影にはっとした。

「あ、あぶない!!」

振り向くと視界の端で立ち上がったのはさっきの男で、その手には銃を持っている。

彼の姿を見つけた襲撃者達の銃口は一斉に男の方を向いた。

彼らの目的はあの男だったのか?

(一体あいつは誰なんだ?)

それからすぐに男ではなく襲撃者の方からうめき声が上がる。

テーブル越しに見ると、撃たれたのか、体の数箇所から血を流してもがき苦しんでいる。

全く動かなく倒れているものもいるようで即死のものもるようだ。

しかし、男にモーションはない。

は眉を寄せた。

撃ったのはその背後にいた先ほど傍で酒を飲んでいた客の男だったのだ。

しかも、襲撃者たちに銃口を向けているのは一人ではない。

何人もの客が銃を構えている。

その構え方は一目で素人ではない、訓練を詰まれたものだとわかった。

「かまわん。すべて排除しろ」

ケバブのソース一つで剣幕を変えていた男の顔つきが変わり、凛とした鋭い声になる。

その声はかつて聞いたものだった。

(どうしてこんな場所に・・・)

は疑りたくなる気持ちを抑えて冷静に考えた。

あの性格、あの行動、どこをとっても自分の知っている人物に繋がる。

そしてここはバナディーヤ。

そう考えれば自ずと合点してしまう。

男たちは武器の差ももろとせずに次々に襲撃者達を倒していく。

自分が考えている人物であればこんな状況などすぐに脱するだろう。

「ごめん」

キラはぼそっと言っての返事を待たずに銃弾の嵐の中に飛び出した。

それを見て慌ててカガリが飛び出そうとするが、それは叶わなかった。

しっかりとに抑えられていたのだ。

飛び出したキラはそばにある銃を拾い、そのまま壁の影に潜んで男に銃を向けていた襲撃者に投げつ出る。

銃は襲撃者に当たると音を立てて爆発した。

そして、キラはバランスを崩した襲撃者の顔面をめがけて蹴り倒す。

「すごい!」

鮮やかなその動きにカガリは一声上げた。

「くそっ!」

反対側で仲間を倒された襲撃者は怒りをキラに向ける。

それに気付いたは軽く舌打ちをして床に転がっていた小石をその銃口めがけて投げつけた。

見事としか言えない起動を描いて、吸い寄せられるように小石は銃口に入ってゆく。

収まった直後、何も気付かない襲撃者はトリガーを引き銃は暴発した。

キラは守られたことには全く気がついていない。

ただ一人、の行動を見ていた男は口の端を持ち上げる。



それからしばらくして、あたりが弾薬と血のにおいで覆われきった頃、その戦いは幕を閉じた。

「もう大丈夫みたいだな」

今状況に慣れているのか、カガリは落ち着いた周りの様子を見渡し、一目散にキラのところへ駆け寄った。

労う言葉でもかけるのかと思いきや、いつもどおりの調子で声を張上げる。

「お前!銃の使い方も知らないのか、この馬鹿!!」

カガリの言葉は荒々しいが、何も怪我をしていないキラの様子を見て安堵のため息をついた。

キラから見ればカガリのほうがよっぽど重症である。

二色のケバブソースと飲み物を頭からかぶったのだから。

笑いたい気持ちをこらえているとカガリが訝しげな顔になる。

「心配してやっているのに、なに笑ってるんだ!!」

「いや、だって」

キラはこらえ切れずに笑い出す。

カガリとキラの掛け合いの後ろにいたは立ち上がり、男に小さく頭を下げた。

男は微笑を浮かべて小さく手を振る。

「隊長ご無事で!!」

客に扮していた銃を持った男たちがあの男に駆け寄った。

「隊長?」

その声を聞いたキラとカガリも顔をあわせる。

「ああ、平気だよ。彼・・・らのお陰でね」

男はあごをしゃくりキラたちを指した。

それから男は微笑みながらゆっくりとサングラスをとる。

サングラスを取ったその人物にカガリは息を呑んだ。

カガリの異変にキラにも緊張が走る。


何故、ブルーコスモスが店を襲撃したのか。

何故、一般人ではないものが客を装っていたのか。

たどり着く結論は一つしかなかった。


「アンドリュー・バルトフェルト」


苦々しげに吐き捨てたその名前にキラは目を開く。















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