キラとカガリの怒鳴り声が聞こえた。 (・・・厄介なときに入るんだろうな) そう思って自嘲気味に笑みを浮かべる。 でも 何があっても私は私だ。 ・クライン。 わたしはザフトのパイロット・クラインなのだから。 軽くドアをたたく。 そしてバルトフェルト体長の短い返事が聞こえて、 わたしは扉を開いた。 どうかこの声が 貴方に どうかこの声が 君に 届きますように コツリとブーツを鳴らして入ってきた人物にカガリは大きく目を開く。 「失礼いたします」 聞きなれたその声にキラも眉を顰めた。 ケバブソースで汚れた服から一変してドレスに身を包んだカガリは、その姿に似つかわしくない怒声を上げる。 「お前!どういうことだ!!」 ヒールが乱暴に音を立て、ばさばさとドレスを翻しながらに近づいてゆく。 その様子をバルトフェルトは肩をすくめ、アイシャはまあ、と言って見ているだけだった。 キラが止めようとして掴んだ腕を乱暴に振り払う。 これがどういう冗談であれ、カガリには許せなかった。 カガリは完全に頭に血の上ってしまい周りの何事も目には入っていない。 ただ一つ、あるのは敵対している軍のエリート服を着たの姿のみだった。 カガリは襟を掴み上げ、睨み付ける。 しかし、そんなことには一切動じないは無感情な目でカガリを見下ろした。 「何か?」 その言葉はひどく冷たく、カガリは一瞬息を呑む。 「な、何の冗談だと聞いているんだ!!」 「冗談?何が?」 「お前ぇ!!」 さらにきつく掴みあげるが、の顔色すら変わらない。 「そろそろやめてくれないかい?彼女はうちのエースパイロットなんだから大事にしてもらわないと」 相変わらずふざけた調子の抜けない口調でバルトフェルトがそう告げた。 その言葉に振り返ったカガリは目を開く。 心のどこかで、その格好はふざけた冗談だと思っていたかったカガリには強い衝撃となった。 信じられない。 そう言いたげにもう一度の顔を見る。 「お前・・・」 搾り出すように声を嗚咽のように漏らした。 「お前がヘリオポリスで死なないっていうのはそういう意味だったのか?!」 自分が憧れてしまった、あの強さはコーディネーター、ザフト故のものだったのか。 騙されていたのだ、自分は。 愕然と突きつけられる現実にカガリは戸惑いや悲しみよりも怒りがこみ上げてきた。 「ふざけるな!!何とか言ったらどうなんだ」 必死に自分に訴え掛けるカガリに胸が痛まないと言えば嘘になる。 (でも、あなたは敵だから) 心の中で感情を殺してカガリを見下ろした。 「手を離してください」 「今まで、今まで一緒にいたんだろう!キラとだってずっと・・・」 そこでカガリは自分の腕を掴んでいるキラに気づく。 どうしてキラは何もいわないのだ。 自分よりそばにいて、一緒にいて、それで裏切られて。 「・・・まさか、キラ、お前も知ってたのか?」 驚きの隠せないその言葉にキラは顔を曇らせる。 「知っていたんだな!知っていて何故!!」 激しい炎を携えた目は今度はキラを捕らえた。 まさかキラまでザフトの人間だったのだろうか。 そう思いたくはないが、現実がそこにあるから疑わずにはいられなかった。 「少し落ち着いたらどうだい?君の気持ちもわからないでもないさ。でも、それが戦争なのだよ」 バルトフェルトは落ち着いた、しかし、強くしっかりとした口調で尖った空気を切り裂いた。 ぐっと息を呑むカガリはそれでも瞳の強さは消えていない。 「君も死んだほうがましな口かね?」 バルトフェルトは急に刺すような冷たい目でカガリを見据えた。 それは獣が獲物に見せる冷酷な目、その物だった。 砂漠の虎、と呼ばれる彼の所以が垣間見えたきがした。 「それが戦争だろう?オーブだとてそうだ。地球軍に手を貸していたんだからね」 カガリはばつの悪そうに視線を落とす。 「そっちの彼はどう思ってる?」 不意に話を振られたキラは驚いてバルトフェルトに顔を見た。 「そんな戦争が、どうしたら終わると思う?・・・モビルスーツのパイロットとして」 「・・・な!どうしてそれを!!」 まさか、とカガリはすぐにを見る。 その表情からは何も伺えなかった。 バルトフェルトはくっくっとのどを鳴らしながら苦笑いを浮かべている。 「おいおい、あまりまっすぐすぎるのも考えものだぞ」 その言葉にカガリはかっと赤くなる。 自分は図られたのだ、と。 「戦争には制限時間も得点もない。スポーツやゲームみたいに」 カップを置いて立ち上がったバルトフェルトがゆっくりとソファを回り自分のデスクのところまで歩いてゆく。 キラは思わずカガリを引き寄せて身構えた。 自分がパイロットだとわかった以上、これ以上、ここにいるのは好ましくない。 どうにかして逃げ出さないといけないと脱出方法を考えていた。 が入ってくる前だったら、扉から容易に逃げられたかもしれないが、今は違う。 こうんな風になっても彼女と戦いたくはなかった。 「なら、どうやって勝ち負けを決める?どこで終わりにすればいい?」 バルトフェルトの言葉はキラはおろかにまで問いかけているようだった。 「敵であるものすべてを滅ぼして、かね?」 もしこの戦いに終わりがくるとするならば。 その終結の意味は。 コーディネーターかナチュラルの殲滅。 それとも人類の滅亡? 何を持ってそうなるのか、まったく見当がつかなかった。 終わりを求めるのであれば、いつかはキラとも戦わなければならない。 お互いが相対する存在である限り。 終わりの見えない殺し合いにキラとは背筋が寒くなる。 バルトフェルトの言葉は自分の心の奥で殺してきた感情をよみがえらせるようだった。 カチャリ、と音がしてキラはわれに返った。 バルトフェルトに銃口を突きつけられていたのだ。 しまった、とキラは小さく舌打ちをする。 でも、考え方を変えればこの銃を奪えばもしかしたら、と頭をよぎった。 「銃を奪っても君には撃てないんじゃなかったけ?」 どこまでかれは自分を見透かしているのだろう。 言いようのない恐怖に駆られながらキラはそれでも気丈に振るった。 「今度は撃ちます」 「やめておいたほうが賢明だな。いくら君が狂戦士だとしても、暴れてここから無事に脱出できるものか」 そこでバルトフェルトは言葉を止めた。 キラはやっと殺気にも似た気配を感じ、振り返る。 ひやりとした。 鋭い目をしたがこっちを見据えていたのだ。 手にはナイフを持っている。 その刃はキラを確実に狙っていた。 いつナイフを取り出したのだろう。 動きにまったく気がつかなかった。 「ここにいるのはみんな、君と同じコーディネーターなのだからね」 君と同じ、に力を入れる。 キラとカガリは再びバルトフェルトの方を向く。 瞳には同様が隠せないようだった。 カガリはキラがコーディネーターであることは知らない。 また新たに突きつけられた真実に目を白黒させていた。 でも、その様子に嫌悪はなかった。 横目でそれを確認できたキラは少しだけ安堵した。 「君の戦闘を二回見た。砂漠の接地圧、熱対流のパラメーター、君は同胞の中でもかなり優秀な方らしいな あのパイロットをナチュラルだと思えるほど私は呑気なたちではないのでね」 はじめからバルトフェルトは気付いていたのだ。 キラが何者であるか。 隣にがいた上で、すべての辻褄を上手く合わせて理解していたのだ。 バルトフェルトは銃口を向けたままで続けた。 「君が何故、同胞と敵対する道を選んだのかは分からない。 だが、あのモビルスーツのパイロットである以上、私たちと君は敵同士ということだ」 敵同士。 そう告げられてキラはバルトフェルトの顔を見て、ナイフを突きつけているを見た。 敵ならば憎まなくてはいけない。 憎んで憎んで憎みつくして、そうでなければ戦えない。 しかし、彼を相手に、を相手に自分は戦えるだろうか。 答えは否だ。 自分は決して、今彼らが取っているように彼らに武器を向けることは出来ない。 憎めない相手を敵と言われて殺すことなんて出来ない。 でも、それが戦争なのだ。 だから自分は、戦わなくてはいけない。 今はどうしてもカガリを守らなくてはいけないのだ。 張り詰めた糸のようにぴりぴりしているキラを見てバルトフェルトは頬を緩めた。 「・・・やはりどちらかが滅びるなければならないのかね」 その表情はどこか寂しそうで切なそうだった。 そして、銃を下ろすと元の場所に戻す。 その様子を見てもナイフを下ろし、服の中へしまった。 「帰りたまえ。今日は話が出来て楽しかった。・・・それが良かったかどうかは分からんがね」 困ったように笑うバルトフェルトはボタンを押し、すぐにアイシャが入ってくる。 アイシャは相変わらず妖艶な笑みを浮かべ、ドアを開けた。 「また戦場でな」 キラは何も答えなかった。 その言葉にはたくさんの意味が含まれていたが、すべてを薙ぎ払ってカガリの肩を抱き締めてその場を後にした。 「君さえ良ければ送って差し上げなさい」 扉の前で立っていたに笑顔を向ける。 は小さく頭を下げてその場を後にした。 五人もいた部屋はアイシャと二人きりになり、バルトフェルトは晴れた空を見上げ、ため息をつく。 「悲しい時代だね」 アイシャはすべてを包むような優しい微笑でバルトフェルトに寄り添った。 それからバルトフェルトは何かを秘めた笑みで返し、アイシャを抱き締める。 ブーツの音が近づいて着てキラは振り返る。 思いもよらない人物が自分たちを追いかけてきた。 彼女はキラたちの前で止まった。 「カガリの服」 それだけ言ってはきれいにたたまれた服を差し出す。 カガリは何も言わずに掴み取った。 そのまま背を向けてしまう。 「まだ、あなた達のことは誰も知らないから、早く行って・・・下さい」 途切れ途切れでそう言いながら、目を落としてしまった。 「ありがとう。さようなら」 弾かれたようには顔を上げる。 すでに二人は背中を向けて出口へ向かっていた。 ありがとう さようなら その言葉の重さに胸が締め付けられた。 どうしてそんなに優しい。 わたしは敵で。 あなたの敵で。 殺さなければいけない相手。 鈍らせていた感覚が鋭く自分を痛めつめる。 どうか どうかこの戦いが終わるまでは。 ホテルのドアを出て、裁くの強い日差しのを浴びる。 キラはまぶしそうに目を細めるカガリに声をかけた。 「カガリ」 「なんだ?」 「のこと、みんなには行方不明になったって言ってくれないか。僕らはそれを探してたって」 カガリは信じられないと言わんばかりにかっと目を開く。 表情はどんどんと険しくなり声を張り上げた。 「どうしてだ?!」 「お願いだから、カガリ」 優しい声にカガリはそれ以上何も言うことはなかった。 正しくは言うことが出来なかったのだ。 二人の間を言いようもない緊張感が走る。 キラとカガリはそれから一言も交わすことなくアークエンジェルへと戻っていった。 |