アスランは奪取した機体でヴェサリウスに向かった


「…ん、んんっ」

コロニーから宇宙空間に出たときに重力の解放を感じる

微かにの睫毛が動いた

必死に前を見つめるアスランはそれに気付かない




ーキラ…

何であんなところにいたのだろう

先ほど見た光景がアスランの頭から離れない

驚いていた顔

の名を呼んだ声

顔も声もあの頃と少し変わっていたけれど面影はしっかりと残っていた

でも、あいつがあそこにいるはずない

不確かな情報で否定を繰り返すが、共に過ごしてきた記憶が確信へと導く

「…くそっ!」

右手で右のモニターをおもいきり叩いた

その衝撃に再びの睫毛が揺れる

「…れだぁ?」

声が聞こえた

コクピットにはアスランとだけ

アスランは驚いて声のする方向を見た

さっきまで自分の腕の中でうなだれていたが瞳を開いている

まだ意識がはっきりしない

 自分が抱きか抱えられてるのは味方である事は理解していたが

 それが誰であるか分からないようだった

ヘルメットのバイザー越しに誰だか確認しようとする

パイロットスーツの胸に置いた手がヌルリと滑った

一瞬驚いていたはすぐにその血がパイロットスーツを着ていた人物のものでないと気付く

「…これ、怪我…じゃな…い…んだ、よか…た」

アスランは必要以上に喉が乾き言葉がでない

ただを見つめるだけだった

はそのまま左手を上げて血が着いていたバイザーを擦ると

そこには泣きそう な緑色の目が覗く

はにっこりと笑って消えそうな声で呟いた

「ア…スランだ、ただ…いま」



どうして

どうして君は笑ってられる?

こんなに傷付いて

息も途切れ途切れなのに

俺の心配までして

全てに胸が締め付けられる


アスランの瞳が大きく揺れた















どうかこの声が

貴方に



どうかこの声が

君に




届きますように














 
call 【君を想う人・1】















「先に救護班を呼んでくれ!」

ハッチをあけたアスランが声を上げる

「大…袈裟だ…な、へい…き…だって」

「何が大袈裟なんだ!額も切って脇腹だって弾が貫通してるんだぞ!

どこがどう 大袈裟じゃないって言うんだ!」

怒鳴りつけられて、ごもっともで、とは肩をすくめた

アスランはヴェサリウスに着くやいなやを抱き上げて身を乗り出す

ドックに入ってきたGAT-X303に近付いてきていた整備士達が

アスランに抱かれているの様子に息を飲んだ




は女性では珍しくオペレーターなどではなく

 パイロットとしてザフトの中でも作戦成功率が著しく高いクルーゼ隊に所属している

しかもアスラン達と同じくトップガンの証、赤服でだ

しかしにはアスラン達とは決定的に違う点があった

彼女は配属当初から自機を持っている

外見こそ全く違うがクルーゼが乗るジンの次世代機として作られたシグーに

 新たに開発した接近戦強化用装備を備え付けたMS

それがの愛機『ガイア』だった



この機体の開発はナスカ級ヴェサリウスで忌まわしい血のバレンタイン直後開始される

その時ちょうどはアカデミーを卒業する直前だった

はなかなか進まなかった開発にアカデミーでの功績を認められ

 卒業後すぐに中心人物として指名される

しかしまさか誰が若干16歳(当時は15歳)の少女が

地球軍との戦いが激化されようとしている中、この重要な開発に関わっていると思えるだろうか

 微笑みを浮かべたままのクルーゼ以外、

 他のクルー達は何か裏があるのではない かと疑惑の眼差しを向けていた

しかしその疑惑は徐々に晴れてゆく


は同じコーディネーターでさえ驚ろかせた

的確な指示や完成されたOS等、紙の上から実際の制作まで

必ずどんなに細かい事だろうと関わり携わってくる

その完璧さとは誰も文句がつけられなかった

さらに変に威厳を持った上官とは違い、こざっぱりした性格で

 話しかけやすかったという同年代は愚か年上のクルー達まで彼女を慕って開発に全力を注いだのだ

クルーゼ曰く“喜ばしい誤算”により予定よりも“ガイア”の完成は3ヶ月も早まった

そこでにテストパイロットという名目付きで自機として与えられたのが、この “ガイア”である


卒業後、すぐさま開発に携わっていた為、ちゃんとした配属が決まっていなかっ た

一期遅れでアスラン達と同時期にクルーゼ隊に配属された



最新型の開発者でそれを自機にしている女性パイロット



当時からかなりの話題性を持っていた

ヴェサリウスやガモフ以外でもその顔を知る者が多いというわけだ

そのが極秘の潜入調査の後、瀕死の状態で帰投したとなれば今の周りの様子が頷ける





「担架の用意はまだなのか?」

「す、すいません」

20歳半ばだろう整備士は、アスランの問掛けに謝ると慌ててもう一度連絡を取るために通信を押す

この状況では全てがアスランのいらだちにつながる

とうとう痺を切らしたアスランは

 を抱いたまま足場を蹴り無重力を利用してドックの入り口のそばにすとんと身軽に着地をした

「そ…うだ、クル…ゼ隊長…に報告…いか…なく…ちゃ」

おろしてくれと腕を引っ張って催促するにアスランは思わずかっとなった

「・・・っ!いい加減にしてくれ!!」

「…アスラ…ン?」

「…頼むから、もうこれ以上心配させない…でくれ」

アスランは途中からうつ向いてしまい、吐き捨てるように言った最後の方は徐々に 消えていってしまった

は申し訳なさそうに眉を寄せる

重々しそうにゆっくりと左手をあげてアスランの頭を優しく撫でた

「ご…めんごめ…ん、アス…ラ…さっき…から…

 ずっとこ〜ん…なに眉間に…皺 …寄ってたか…ら…冗…談のつも…りだった…んだけ…ど…ね」

はへらりと力なく笑いながら覗き込んでアスランと顔を合わせようとする

自分に余裕がないからって怒鳴ったのは八当たりだ

そう思いながら取り返しの付かない言葉にアスランは小さく首を振った

「…俺の方こそごめん」

そう言ったアスランは自分の未熟さが情けなくて悔しくて、の顔を見る事がで きない

「あんまり悩まないでね」とが何かを見透かしたように笑った

その時担架がアスラン達の前に止まる

アスランは最後の言葉に何も返答せず担架の上にを乗せると

「お願いします 」とだけ言い担架から離れた

は霞んできた目でアスランの背中を見つめる

(…あの様子じゃ何かあったよね)

はゆっくりと支えられながら横にされた瞬間

どっと疲れがこみ上げてきて思考能力が続かない

は重くなってきた瞼に逆らわず目を閉じ、意識が遠くなるのが分かった









真っ白い壁

真っ白いシーツ

真っ白いカーテン


次にが目を覚ましたのは医務室だった

上半身を起こそうとしたが重くて言うことをきかない

「右腹部被弾、右肩脱臼、全身数箇所の打撲、さらに4針縫う額の傷」

顔を声の聞こえた方に向けると、ガタイのよい白衣を着た髭の男が足を組んで座っている

は確認するとすぐに顔を戻した

「おちゃんがいるってことはここはヴェサリウスってことだよね…」

おっちゃんと呼ばれた医師は顔をしかめてポケットからくしゃくしゃの煙草を取 り出し火を付けた

は視線で催促したが医師が吐きだした煙に流される

「お前は他に言うことはねーのか?」

「麻酔効きすぎて舌が上手く回んないんだけど、とおっちゃん相変わらず素敵な お髭」

「十分達者にまわってるぞ、まったく」

医師は煙と一緒に溜め息を付く

しばらくそのままお互い何も言わずに黙っていた

じゅっと灰皿に煙草を押し付ける音が静寂を破る

「少し水を飲め、いま持ってくるから」

医師が立ち上がり喋っても、はうんともすんとも言わず天井をみていた

反応を期待していなかった医師は、振り返り水を取りに行こうとカーテンを開ける

「どのくらいかかる?」

医師は慌てて振り返った

「何言ってるんだお前?」

振り返るとすでには真剣な眼差しで医師を見ていた

「今はそんな事言ってる場合じゃないだろう!何をふざけたことを言ってるんだ?」

大きな足音を立ててに近付く

しかし、は目の前で怒鳴られても、ぴくりともせず、視線を反らすこともしない

「いつからガイアに乗って前線に戻れる?」

そしてゆっくり、しっかりとした口調で医師の意見を切り裂く

どちらも譲る様子がなかったのだが

 医師は両手を腰に当てて大きく首を振りながら溜め息を付いた

「お前がちゃんと治療に専念したらすぐさ」

今度はうってかわって優しい声で言った

のベッドの側に腰を下ろすと、インドアな職業とは思えない大きな厚い手で頭に触れる

「だから今は休め、お前はよくやってるよ」

医師はそのまま傷に触れないように優しく撫でた

それはまるで小さい子をあやしているようだった

は気持よさそうに目を細める

「今のお前に必要なのは戦いじゃない、休息だ」

「分かってるよ・・・でも」

しかしすぐにが目を見開いていた

「…あーあ、何だかそうもいかないみたい」

は大きな溜め息をついた



招かねざる客はそこまで来ていた















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