「奪取しそこなった一機とまったく情報のないもう一機」

ザフトの戦艦ヴェサリウスのブリッジに一際目立つ白い軍服をまとった者がいた。

クルーゼ隊体長、ラウ・ル・クルーゼだ。

その仮面で覆われた顔は表情が読めない。

「いかがいたしましょう」

隣にいるのはこの艦の艦長アデスである。

クルーゼは口元を歪ませ、笑みを作った。









COMPOUND:5
「その手との再会」










崩壊したヘリオポリスから何とか脱出することができたアークエンジェルは、

とキラの乗ったMSを発見し、回収しようとしたまではよかったのだが

キラが救難ボートを発見し、それをこの艦に連れて行く言い出したのだ。

さっきもキラたちには最重要機密だと伝えたはずなのに、

そこに民間人を同乗させろと言うのはもびっくりした。

(軍所属じゃないのってうらやましい)

自分が発見したらきっとやっていただろうと思ったが、

あえてその行為に非難も賛成もしなかった。

モニターに映る困った顔のマリューを見て、は同情はしたが。

それでも、マリューも人の子だ。

しぶしぶだが許可をし、無事にとは言えないが二機を回収することに成功した。





ドックへ入るとすぐにコックピッドを開け、無重力を利用して地面へ降りる。

中尉!ご無事で何よりです」

声をかけられたのは顔見知りの整備士、マードックだった。

ぼさぼさの髪も無精ひげも懐かしい。

「マードック軍曹!・・・生きてたんですね、よかった。」

ヘルメットを外し、泣きそうになるのを我慢して笑った。

マードックも照れくさそうに頭をかく。

「他は?・・・そうだ、第七艦隊は?」

「第七艦隊は全滅です」

は眉を寄せた。

そんなはずはない。

第七艦隊にはエンディミオンの鷹の異名を持つあいつが乗っているんだから。

「フラガ大尉はどうなったんです!!」

「あ・・・その大尉は」

マードックは返答に詰まってしまった。

これはもう肯定と取っていいのだろうか。

は体中が心臓になってしまったように鼓動が大きく聞こえる。

「・・・そんな」

ひどく怖くなった。

いない。

あなたがいない。

もうどこにもいない。

「あ、あの中尉・・・」



「だーれだ」



緊張感のない声が背後から聞こえ、視界を塞がれる。

誰だとか何がどうとか考える前に怒りがこみ上げてきた。

「わかんないの?冷たいなぁ」

(・・・このやろう)

小さくしたうちをする。

は視界を覆っていた腕を引っぺがし、左足を軸にして、回し蹴りを繰り出した。

自分よりも20cm近く高い男の頭部を狙う。

鋭い蹴りではあったが男はしっかりとガードをして回避した。

または舌打ちをする。

「おいおい、久しぶりだってのに散々な挨拶じゃない?」

男は肩をすくめた。

「無事で何よりです、フラガ大尉」

一応、敬礼のポーズを取って挨拶をする。

名前を呼ばれてフラガはガキ大将が抜けていないような笑顔を見せた。

180cmの長身と金髪を持つこの男がムウ・ラ・フラガ。

地球軍の宇宙での主力戦闘機メビウスのカスタムモデルで専用機ゼロのパイロットである。

このゼロは特徴である有線式のガンバレルのコントロールが難しく、

地球軍でもフラガの他に操れるものがいない。

さらに、彼はエンディミオンの鷹と呼ばれ、若干、28歳にして、大尉に就ける実力者だ。

「あ〜心がこもってないな〜」

「十分こもってますよ、十分」

「なんだよ、冷たいな」

そう言っての頭をくしゃくしゃと撫で回す。

よかった。

この手はまだ暖かい。

そんな当たり前のことに胸の奥がじんっとした。

「心配かけてすまなかったな」

フラガは前を見たまま、小声でそう言った。

は黙って二度首を振っただけだったが、その返事は頭に添えられている手を伝わる。

二人にはそれで十分だった。

「お」

視線をストライクへ移したフラガから声があがる。

ドックもざわつき始めた。

ストライクのコックピッドが開かれ、キラが降りてきたのである。

どう見ても一般市民のキラが

「おいおい、なんだってんだぁ?子供じゃねぇか。あの坊主があれに乗ってたってえのか?!」

「軍曹、わたしも同じぐらいなんですけど」

マードックに視線を向けると、彼は困ったようにあの、その、と繰り返した。

視線を泳がせフラガに助けを求める。

「お前と普通のやつを比べたらかわいそうだろう」

「・・・分かってますよ、訓練も受けていない一般人が、て意味ですよね」

「分かってるならよろしい。あんまり軍曹を困らせるなよ」

そう言って視線をキラにもとした。

キラは先ほどヘリオポリスで一緒だった、友人たちと話をしている。

「それにしても・・・これはまた厄介な」

フラガがポツリとこぼした。

まれに見る真面目な横顔を見ても頷く。

「私もそう思います。」





とフラガが近づくと今まで盛り上がっていたキラ達はいっせいにこちらを向いた。

赤い髪の少女が増えていることに気が付く。

近づいてきたのがだと分かると赤い髪の少女以外は安堵した顔つきになったが、

隣のフラガを見てまた訝しげな顔になってしまった。

そんなことを気にしないフラガはずんずんと近づいていく。

「へぇ、こいつは驚いた」

フラガの視線は明らかにキラに向けられたものである。

身長差に押されたのか、それとも雰囲気にかは分からなかったが、キラは一歩下がっていた。

値踏みするような視線でキラを見ていたフラガは微笑む。


「きみ、コーディネーターだろ?」


(あんの、馬鹿!)

後頭部を殴られたような頭痛がした。

がフラガ押さえようとする前にキラが返事を返す。

「・・・はい」

それはひどく弱弱しいものだった。

は胸がつかまれる。

カチャリ、と銃口が向く音がした。

もちろん銃口はキラの方向を向いている。

銃を向けた兵士は、いつここにやってきたのだろう、マリューの護衛だった。

(どいつもこいつも馬鹿ばっかり!!)

どうして、キラがこんな目に合うのだろう。

彼は何の義理もない地球軍を助けてくれたのに、なんだこの仕打ちは

(元はといえばこいつが)

鋭い視線をフラガに向ける。

こうなることを予想していなかったようで、フラガも肩をすくめた。

そして、はじめに声を上げたのはキラではなく、トールだった。

「何なんだよ、それ!!」

彼は勇敢にも銃口を向けられているキラの前にかばうように立つ。

「コーディネーターでもキラは敵じゃない!ザフトと戦って俺たちを助けてくれただろう!?

 あんたら見てなかったのか!?」

マリューは一度目を伏せ、それから静かに口を開いた。

「銃をおろしなさい。そう驚くこともないでしょう。

 ヘリオポリスは中立国のコロニーだった。

 戦火に巻き込まれるのが嫌でここに移ったコーディネーターがいたとしても不思議ではないわ」

しかし、兵は戸惑ったようにお互いの顔を見合った。

キラの友人は次々にキラの前に立ってゆく。

それでも兵たちは迷っていた。

(民間人に銃口向ける軍人がどこにいるってのよ!!)

「あんたたちいいかげんに・・・」

「おい!」

ははき捨てるように言うと、足を慣らしながらキラの前に立った。

フラガが遮って出した手を振り払って

「銃おろしなさいって言ってるでしょ!!聞こえないわけ!!!」

ドック中に響くような声を上げて兵士たちをにらみつける。

あまりの剣幕に兵士は一斉に銃をおろした。

は振り返り、キラのほうへ歩いていく。

前を塞いでいた友人たちも道を明けてくれた。

「ごめんね、キラ君」

謝られたことに対してだろうか、キラはびっくりして目を大きく開いている。

「あ・・・その、僕は一代目だから」

だから誤解されても仕方がないというのだというのだろうか。

平和を求めて暮らしていただけなのに、

なぜ彼が負い目を感じなければいけないのだろう。

ひどく理不尽だった。

「君が悪いわけじゃないから」

それが慰めになるとか、そういう意味じゃなかったが、そう言わずにはいられなかった。

キラは少しだけ目を弧に描いて大丈夫です、と言った。







この人たちにはコーディネーターもナチュラルもない


戦争すら関係がなかったはずなのに



キラを見つめながら罪悪感ばかりが胸を締め付けた。






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