何であんなふうに声を張り上げてしまったのか分からなかった。 確かに兵士たちがとった行為に対して怒りを感じていたが、 いつもの自分だったら怒りはしたものの、ああいう風には怒鳴らなかったと思う。 (・・・キラくんがまるで自分を見ているようだったから?) そうなのだろうか? (そうなのかもしれない) 同じ人間なのに、明らかに恐怖や軽蔑、好奇の目で見られることは、 ひどく傷付くことだと、自分は知っているから |
COMPOUND:6 「逃げ道と背中」 |
「遅れてしまって申し訳ありません」 はブリッジに入ってすぐに艦長席の隣に立っているフラガのそばに向かった。 先ほど怒鳴り声を上げた人物とは思えないほど、普段のだった。 マリューがこちらに顔を向ける。 「ご苦労様です。機体の方はどうですか?」 「ええ、特に損傷もなく、出撃命令が出ればすぐにでも」 「分かりました」 安心したように大きく頷くと再びブリッジ要員に声をかけ始めた。 「フラガ大尉、状況は?」 「ヘリオポリスの残骸でこちらも熱源を発見されにくいが、 逆に向こうも動きもまったくつかめないってところ」 「ま、当然ですよね」 お互いの顔を見やって肩をすくめた。 ヘリオポリスの崩壊から無事に脱出できたからといって状況がよくなったわけではない。 むしろ、ここからが大変なのだ。 どうやって友軍と合流するべきか。 こちらをマークしているザフト艦はおそらく二艦。 ヴェサリウスとガモフだろう。 そして、MS部隊とあの三機。 いくらこちらが高速艦だといっても振り切れる保証はない。 交戦して切り抜けようとするものなら、その可能性は限りなく0%に近いのだ。 「投降するって案は却下されちゃったしねぇ、 どうにかしてこの状況を切り抜けなきゃならんのだよ、我々は」 月本部とは連絡が取れないらしい。 地球を中心と考えて減ヘリオポリスと月本部は反対の位置に存在する。 これではどうやってもそこに合流しに行くのは無理だろう。 んー、とは友軍の駐留位置を考えた。 「一番条件がいいのがアルテミスですよね」 「そ、とりあえず、アークエンジェルはアルテミスに合流しようってことになったんだけど」 でも、そう上手くはいかないだろうとふざけた口調ながらもフラガは顔をしかめた。 この艦の置かれてる状況を考えたら当たり前のことだろう。 「デコイ用意!!」 マリューの勇ましい声がブリッジに響き渡った。 艦内に緊張が高まる。 「発射と同時にアルテミスへの航路修正のため、メインエンジン噴射を行う。 後は慣性航路に移行。第二戦闘配備!艦の制御は最小時間内にとどめよ!」 目標は決まった。 囮の熱源を発射し、この艦は最初の一噴射の推進力のみで慣性航行するのだ。 「アルテミスまでのサイレントランニング、およそ二時間といったところか」 それまで何もないようにと誰もが祈っていた。 (・・・ザフトはこれに気づかないほど馬鹿じゃないと思う) はふとフラガへ顔を向ける。 その視線に気がついたフラガはにっこりと笑った。 運しだいだが、なんとかなるだろう。 そう言っているようだった。 この人がそう思っているのなら、きっと大丈夫だろう。 前を見据えた。 マリューが再び声を上げ、デコイが発射される。 放たれたエネルギーは航路とは違う方向へ消えていく。 同時にアークエンジェルも動き出した。 航路も修整され、きちんとアルテミスへ向かうことができたアークエンジェル内は、 緊張がとかれ、安堵していた。 「なんとか軌道にのりましたね」 「ええ」 肩越しにが声をかけると、マリューも少しだけ表情を緩め肩の力を抜く。 「でも、ま、これからだろうね。ここからが大変だと思うぞ」 「わかっています」 「じゃあ私たちはドックに行って待機しています」 はフラガのすそを引くと扉へ向かおうとした。 「フラガ大尉!」 艦長席から立ち上がりマリューはすでにドアの前にいたフラガに声をかける。 「出撃する際、ストライクは大尉が乗ってください」 「おいおい、無茶言うなよ!!」 突然の申し出にフラガは手を大きく振り、慌てて否定する。 には自機であるアドラステーアがあるので、それは当然の問いかけだった。 「ですが、ストライクの力が必要になるかもしれません。フラガ大尉にのっていただけれ」 「やめて下さい。必死なのは分かりますが、 それが最善の策じゃないのは分かっているじゃないですか」 フラガがMSの扱いに慣れているとは思ってはいなかった。 彼の専売特許は専らMAなのだ。 の意見が正しいとは分かっている。 「MSでの実戦経験がない大尉をストライクで出してみてください、 すぐに的になって、ストライクともども撃破されて終わりですよ?」 きっぱりと言い切るにフラガは苦い顔をした。 「お前ねぇあんまり言い過ぎると侮辱罪で軍法会議行きだよ」 「・・・すみません」 「ま、冗談はさておき、が言っていることは正しいと思うぞ。 あの坊主が書き換えたOSのデータ見てないのか? あんなもん、俺はおろか普通の人間には絶対に扱えないよ」 マリューはキラが自分を退けてOSの調整と操縦をしたときのことを思い出していた。 自分では動かすことがやっとだった機体を一瞬で扱いこなしてしまったのだ。 そうするとやはり、みなの考えは誰が口にするまでもなかった。 「なら、早く度させて、とにかく民間人の、 しかもコーディネーターの子供に大事な機体をこれ以上任せるわけには!!」 戸惑いながらも固まりかけていた答えを否定したのはナタルの声だった。 生まれながらにして軍人家計の彼女の中には コーディネーターは敵、憎むべきもの、と判別されてしまっている。 この強い懸念も仕方のないことだといえた。 なぜなら自分たちが今まさに戦っているものがコーディネーターなのだから。 「コーディネーターといっても彼は中立の人間です。 そんなに嫌悪する必要はないと思います」 あくまで落ち着いた声で制止するようには言った。 しかし、ナタルは聞こうとはしない。 「ですが、彼、キラ・ヤマトがスパイだという可能性もないとはいえません」 「そんで?」 ため息のような声で遮ったのはフラガだった。 「俺にノロクサ出て行って的になれっての?」 「それは・・・」 さすがにその言葉には何も言い返す事ができなかった。 コーディネーターがカスタマイズしたOSを乗せたMS。 性能が同じでもパイロットが違えばどうなるだろう? さらに能力が劣るパイロットに合わせたOSに下げたとしたら? (こちらが勝てる要素なんてない) は誰にも気づかれないように顔をしかめた。 ここでも自分たちとコーディネーターの差を思い知らされることになる。 自分たちが生き残り、この艦と、そしてあのストライクを守るためには・・・ フラガはある結論を後押ししようとしている気がした。 すれ違う兵士たちがざわりとした。 それもそのはずである。 艦長であるマリューとエンディミオンの鷹と呼ばれるフラガ、 フラガとともに地球軍で名を轟かせるが三人一緒に廊下を進んでいるのだ。 そうそうたるメンバーにみんなびっくりしているのだろう。 この三人が目指しているのは少年たちがいる住居区の一室である。 「・・・あの、お二人が行かれるなら私はいかなくて言いと思うんですが」 「何言ってんのさ。お前が坊主をパイロットにするのに賛成派なんだろ? だったら責任を持って、坊主を説得するんだよ」 「そういうのは口が達者なフラガ大尉がやるべきだと思うんですが」 「どうしてものときは手伝ってやらんこともないけどな」 今までだってフラガがやることに反対をしたことがなかった。 それはフラガだから賛成したのではなく、 単純に彼が考えていることが自分と同じことだったというだけだったのだが。 だから、時々、こうやって面倒くさい仕事は押し付けてくる。 長い付き合いなので分かっていはいるが煮え切らない。 「坊主も同じ年ぐらいの奴の方が話しを聞きやすいだろうしな」 振り返ってにっこりと笑う。 そうやって、上手くほだされてしまうのだ。 「分かりました。善処します」 マリューはそのやり取りを見てくすくすと笑っていた。 そうこうやっているうちに彼らの一時的な部屋としてあてがわれている一室が見えてきた。 覗くとしん、と静まりかえっている。 そこにキラの姿はなかった。 「キラ・ヤマト!」 一応、フラガが呼びかけてみる。 トールがはじかれたように顔を扉のほうに向けた。 三人の顔を確認すると、慌てて二段ベッドの上で横になっているキラを起こした。 寝ていたのだろう、彼は目をこすり必死で覚醒しようとしている。 「きょっとごめんね」 よほど疲れていたのだろう。 無理もない。 あれだけの戦闘をしたのだ。 体力の疲れもさることながら、気力のほうもひどく疲労しているのだろう。 しかし、キラはマリューの話を聞いてすぐに目を覚ました。 マリューの伝えた話は 「ストライクのパイロットになってほしい」 だったのだ。 「お断りします」 キラはきっぱりと断わった。 その声色からは怒りが感じられる。 「なぜ、僕がまたあれに乗らなきゃいけないんです!!あなたが言ったことは正しいのかもしれない。 僕らの周りでは戦争をしていて、それが現実だって。 でも、僕らは戦いが嫌で中立のヘリオポリスを選んだんだ! もう、僕らを巻き込まないで下さい!!」 キラは強い口調でたちを拒絶した。 マリューは心傷む部分があるのか口を結んだまま黙っている。 も何か考えるようにしてうつむいていた。 その中で平然としていたのはフラガだった。 「だが、アレには君しか乗れないんだからしょうがないだろう?」 「しょうがないって!僕は軍人でもなんでもないんですよ!!」 「いずれまた戦闘が始まったとき、今度は乗らずにそう言いながら死んでいくか?」 死 その言葉はキラを震え上がらせた。 戦争をしているこの艦ではその言葉はいつでも隣りあわせなのだ。 「今この艦を守れるのは、俺とあいつとお前だけだ」 キラは後ろで黙っていたに目をやる。 エレカポートのときのように一瞬だけ目が合った。 「君はできるだけの力を持っているだろ?なら、できることをやれよ」 キラは少しだけ視線を上げ、また俯いてしまった。 苦しみながらも、何か答えを探しているように でも、キラはそのまま、まとわりつく何かをすべて振り切るように走り出してしまった。 その背中を三人は唖然と見ている。 「わ、私追いかけます!!」 思わずはそう言うと、キラの後を追いかけていった。 どうしてか分からない でも、自分はその背中を追いかけなければいけない気がしたのだ。 |