オーブに入港してからは慌しく働いていた。

補給も修理も万全にできる環境になったので、必然的に忙しくなったのだ。

今日もあっちへ走り、こっちへ走っている。

(・・・こんなんじゃディアッカに会いに行ってる暇なんてないよ)

首に掛けたタオルで汗を拭きながら徐々に綺麗に戻ってゆくアークエンジェルを見上げた。

ただ、いたずらの時間は過ぎている。

は唇を尖らした。

「おーい、!ちょっとこっちへ来ーい!!」

はるか上空のリフトからマードックが声を上げる。

うえっといった顔をしてすぐさま再び駆け出した。


まだ、この艦が、

わたしたちがどうなるかは分かっていない。

でも、キラはストライクに乗ることになったフラガの訓練に付きっ切りだし、

こうやって慌しく整備士たちは修理や準備に追われている。

だから、みんなはもう、どうなるのか薄々感ずいていると思った。


答えを見つけるために再び戦いへ向かうのだと。















Me too  act17













事態に変化が出たのはそれから三週間が過ぎようとしたころだった。

ザフトと地球軍の間の抗争は激しさを増し、その影響はオーブにまで及んでいた。

どちらに属することも拒んでいたオーブは決断を迫られている。

その緊張感はアークエンジェルのクルー達にも伝わっていた。

そして、誰もが予感していた。

自分たちも決断のときだと。

そして、そのときが近いことを。



そんなクルーの様子を知ってか、知らぬかは相変わらずだった。

頬の腫れは完全に引き、忙しく人以上に働いている。

今は正午。ちょうど昼休みだった。

時間を見てディアッカに会いには行っているもののあまり上手く時間は取れていない。

先日も時間が取れて会いに行ったはいいが、あまりの眠さに負けて寝てしまっていたのだ。

せっかく二時間も時間が取れたのに寝こけてしまうとは自分が情けない。

でも、ディアッカは怒ってる様子もなかったので、安心した。

それに嬉しかったのは寝ている間、ずっと手を握っていてくれたことだった。

思い出すと嬉しくて頬が緩んでくる。

「やだぁ、なにニヤニヤしてるのよ」

正面でランチをほおばっていたミリアリアがあきれたように笑いながら指摘した。

はあわてて頬を押さえて平然を装うとする。

「ニヤニヤなんかしーてーまーせーん」

「してました。もうヤだなぁいやらしい」

ふふふと笑うミリアリアのトレイからトマトを取りあげる。

もちろん、ミリアリアが好きなことを知ってだ。

「あーもう、ちょっと返してってば!」

最近、ミリアリアは落ち着いてきた。

キラが返ってきて、約束どおりキラは何も伝えていなかったようだが、ミリアリアは分かっているようだった。

ちょっと前までは一緒に寝ていたミリアリアがの背中に抱きついて声をかみ殺し泣いていたりもしたのに、

今はそれでも、ミリアリアは笑っている。

心の中にどれだけの悲しみを抱えているか分からなかったが、人の前ではそれを見せずに笑っているのだ。

純粋にすごいと思ったし、やはりミリアリアには勝てないと思った。

そういう強くて優しいところをトールはちゃんと知って選んだのだ。

急に切なくなったはミリアリアから逃げていた手をとめてしまう。

自分はディアッカのことを好きだといっておきながら、まだ心にはトールがいることに驚いた。

「いただきます!」

その隙を見てとまった手が持っていたフォークの先のトマトをミリアリアがぱくっと食べる。

やっと我に返ったが慌ててフォークを引いたが、もう、後の祭り。

ミリアリアの口から引き抜いたフォークには何も残っておらず、ミリアリアはニコニコと頬張っていた。

「あーちょっと、ミリィ返してよ!!」

「何言ってるのーこれは元々あたしのものだもん!」

ちえ、と言いながら諦めたは自分の残り少ないトレイに目を落とす。

(・・・何を考えてたんだろ)

ミートボールをフォークで弄びながらさっきのことを考え返した。

ディアッカが自分に必要な人だと思っているのに、トールが心に残っている。

それも酷く鮮明に。

どうしてだか分からないけど、そう思っていることが、

ディアッカもトールも裏切っているような気がして仕方がなかった。

でも、トールはミリアリアの彼氏で、自分はただの友達。

だから、何を裏切ったわけでもない。

あるとすれば彼がトールを殺したザフトの軍人だということだけ。

(そういう考えは間違ってる)

何でもかんでも顔のない人間みたいに一緒くたにして考えることはおかしいと分かったから。

じゃあディアッカは自分の彼氏なのだろうか。

それもなんだか違う気がする。

キスをしたし、思いも告げたけどはっきりとした感覚がない。

でも、トールがここにいる。

自分の心にいる。

それはどういうことなのだろう。

(わたしはまだトールが・・・)

口を歪める。

!」

パンっと目の前で手を叩かれて、我に返ってびっくりした。

目の前ではミリアリアが口をへの字に曲げている。

「もう、さっきから呼んでるのに。ぼーっとしてどうしたの?」

「え?なんでもないよ・・・と、どれから食べようか迷ってただけ」

「ならいいけど。あたし、休憩終わるから先に行くね」

ミリアリアはトレイを持ち上げると、小走りで食堂を出て行った。

残っていたミートボールとゼリーをフォークで一気にたいらげ、

時間はまだまだあったが、せっかく時間があるのでディアッカの所でも行こうかとトレイを返しに行く。

こういう不安なときはやはりそばにいたい。

もう、ずいぶん馴染みになった仲良しの食堂のおじさんが顔を出した。

「あ、おじさんごちそうさま」

「どういたしまして。休憩終わりかい?」

「ううん。まだ二時間ぐらいあるんだけど、食べおわちゃったから」

おじさんはその言葉を聞いてぱっと表情を輝かせる。

いやな予感がした。

「おじさん、あた」

「これオーブの訓練場まで、頼んでいいかな?」

どん、と出されたのは大き目の紙袋が二つだった。

「おじさん、だから、あたしは」

「そこにフラガ少佐と坊主・・・と、キラがいるから届けてくんないか?」

はしかめっ面をしている。

このままでは「いやだ」といわれそうなのでおじさんは冷蔵庫から何か取り出してきた。

「しょうがない、これをつけよう!だからな、頼むよ」

もうひとつ足された紙袋をあけるとプリンが並んでいる。

あまりに美しいそのプリンに思わずはつばを飲んだ。

(届けてすぐに戻れば一時間以上は話せるよね)

しばらくプリンとにらめっこしていたは、結局プリンの誘惑に負け、おじさんの申し出を承諾した。





安請け合いをしてしまったと後悔したのは言うまでもない。

今までずっと修理などに動いていたがいくらオーブ出身であろうと、

ここの内部を分かるはずがないのだ。

(完全に人選ミスだよ、おじさん)

大き目の紙袋3つを持ちながら途方にくれていた。

とりあえず、誰かに会えれば場所を聞くこともできると思っていたのだが、

まだ誰にもあっていない。

これではディアッカに会うどころか休憩時間内に戻れるかすら分からないだろう。

とりあえず一度戻ろうとしたが、見慣れない土地でそれも叶いそうになかった。

とぼとぼと歩いていると先の方から聞こえてくる足音に表情を輝かせる。

「すいませーん!」

声を掛けながら駆け寄るとそれは知った顔だった。

「・・・あ、艦長」

さんじやないの。どうしたの、こんなところで?」

マリューはにっこりと笑って挨拶を交わす。

「あ、キラとフラガ少佐にお昼を届けるように言われて、それでこちらに着たんですけど・・・」

「仕方ないわよね。ここに来た事ないものね。案内するわ」

が言いにくそうにもごもごとしていると、マリューはふふ、と笑って察してくれた。

「ありがとうございます」

深く頭を下げてお礼をする。



それからは難なく訓練所に着いた。

施設の中は大きな何もないスペースが広がっており、

そこでキラの乗るフリーダムとフラガが乗るストライクが交戦していた。

高い場所に窓があり、その奥がコンピュータールームになっており、はそこに案内された。

たくさんの機械が並べられ、その中央にオーブの赤いジャケットに身を包んだ女の人が座っている。

ドアが開いた音に反応し振り返った。

髪を一つに束ね、女の目から見てもすごく美人だと感じた。

振り返った女の人は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに艶のある笑みを浮かべる。

「あら」

「たびたび、すみません」

その言葉に、マリューはここによく来ているのだと気づいた。

「いいのよ。隣の子は?」

「少佐とキラくんにお昼を届けに来たんですが」

「もうそんな時間なの?ああ、はじめまして、エリカ・シモンズよ。モルベンレーテの技師をしているわ」

エリカは立ち上がるとこちらへ歩いてきて手を差し出した。

慌てたは両手で持っていた紙袋を片手に持ち替え手を差し出す。

「あ・・・です。よ、よろしくおねがします。」

照れたように笑うと、また艶やかな笑みで返してくれた。

エリカはすぐに席へ戻ると先ほど外したインカムをつける。

「二人とも、そろそろ休憩入れましょう。あまり詰めても成果は上がらないわよ」

『もう、そんな時間か?』

スピーカーからフラガの声が聞こえてきた。

『僕はもう休憩入れましょうって何度も言ってるじゃないですか!』

『ああ?そうだっけか?』

『・・・都合の悪いことは聞こえないんですよね、ムウさんは』

『おー、キラ言うようになったじゃないか』

『はいはい。エリカさん、すぐそちらに行きますんで、データの収集お願いします』

「分かったわ。早く戻ってらっしゃい」

聞こえてくる兄弟のような会話に三人は思わず笑いあう。

でも、には何か引っかかった。

二人の会話に違和感を感じる。

「あ!」

思わず声を上げてしまい、マリューとエリカがこちらを見た。

「ああ、いえ、なんでもないです」

「ならいいけど」

そう言って二人は気に留める様子もなく収集したデータに目を戻す。

は二人の様子を見ながら、眉を寄せた。

そうだ。

キラはフラガのことを”ムウさん”といったのだ。

それが何を意味しているのかはすぐに分かった。

もう、軍人ではない、地球軍ではないということなのだろう。

それは同時に自分の身の振り方も決めなくてはいけないということなのだ。


それから程なくして部屋のドアが開いた。

「エリカさん、データすみ・・・わぁ!」

すぐドアの前にいたにびっくりしてキラは足を止める。

まさかこんなところにいるなんて思わなかったのだろう。

「お疲れ様、キラ」

「どうしたの?ここにいるなんて?」

「これ」

そう言って紙袋の一つをキラに渡した。

「お昼。渡すように頼まれたの」

「あ、ありがとう!」

キラは嬉しそうに紙袋を開けて中身を確認している。

本当にお腹がすいていたんだと、そんなキラの様子を見ていた。

しかし、そうではなかった。

お互い、お互いの役割で忙しかったので、キラは久々にに会えたのが嬉しかったのだ。

離れたところでエリカとマリューが顔を合わせた。

「キラくん。ここで食事だと味気ないから、彼女を連れて屋上でたべたら?」

「そうね。天気もいいし、それがいいと思うわ」

その言葉にキラはぱっと明るくなる。

「たまには、ね。あとはこっちでやっておくからいいわよ」

「ありがとうございます」

キラは微笑むとの手を引いてドアに向かった。

自分の仕事があるは不安そうな目をマリューに向ける。

「ちゃんと連絡しておきますから、あなたもたまにはゆっくり休みなさい」

「で、でも」

が言いかけたとき、シュっとドアが閉まってしまった。

「なんだか微笑ましいわね」

エリカが含みを込めた言い方をする。

しかし、隣にいたマリューは違った。

真剣な表情だ。

「彼がおかれてた環境は本当に酷いものでした。友人とも少し揉めたりもして、

 だから、キラくんがああ笑うのは彼女の前だけなんです。信じてるんでしょうね」

「へぇ・・・ふふふ」

大人びて見えたキラの年相当の表情を見たエリカは何故だか嬉しかった。

この戦いの世の中で、人が信じられない世の中で彼が抱いている思いはとても綺麗で純粋なものだからだ。

その気持ちがあるのなら彼は大丈夫だと思えた。

彼は決して見失わないだろう。

自分の大切なものを。

ちらりとマリューを見ると、自分の考えていることが分かったのだろう。

彼女も微笑んでいた。


再びドアが開いた。

「これ、ドアの前に置いてあったけど・・・て、キラは?」

遅れてきたフラガが紙袋を抱えながら部屋の中を見渡して、確かに自分より先に出たはずのキラを探す。

「ふふふ。彼ならデートよ」

「デートぉ?」

マリューとエリカはくすくすと笑った。

話においてかれたフラガだけが納得いかないような顔で二人を見たいた。















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