オーブは戦火の中にあるとはいえ、また豊かさを持っていた。 施設の屋上に出ると緑が広がり、平和だったヘリオポリスを思い出してしまいそうになる。 キラはが持ってきた紙袋を開けて、中に入っていたサンドウィッチを頬張った。 おいしそうに食べいているキラを見ながら、自分もプリンを取り出す。 久しぶりにキラと並んで歩いていたときに、すぐに気づいたことがあった。 「もしかして、身長伸びた?」 「うん。少しだけだけど」 嬉しそうに微笑んだ顔はすごく大人びていた。 今までは自分と同じぐらいか、小さかったような気もしたのに。 なぜかすごく”男”なんだと感じさせられた。 キラはずっと前を見据えている。 強い光を秘めたその瞳から迷いは感じられない。 たくさん悩んで、迷って泣いていたキラの面影はもうどこにもなかった。 それが嬉しいようでなんだか悲しいような気もした。 Me too act18 飛行機雲が空を二分していく。 風邪がそよいで頬を優しく撫でる。 心が落ち着いて心地よい。 キラといるときはいつもこうだ、とは思った。 ディアッカといるときの温かい心地よさとは全く違い、キラの心地よさは酷く優しいものなのだ。 食べ終わったキラは紙袋の中にごみを入れ、時計を確認する。 まだ大丈夫だと頷き、手すりを背もたれにし、腰をおろした。 それからキラは自分の隣を手で汚れを叩く様にし、どうぞ、と言う。 はプリンのスプーンを咥えたままキラの隣に腰をおろす。 「なんか、キラとは一年ぐらい話してなかったような感じだね」 「そうだね。色々大変だったもんね」 「それもあるけど、なんか急にキラが大人っぽくなっちゃたから、さ・・・」 寂しそうに視線を落とすとキラがそっと手を重ねてくれる。 少し硬くて、骨ばった手。 「僕は僕だよ」 「・・・うん」 分かってる。 分かっているけど、まっすぐな目は今の自分のような迷いはなく、しっかりと歩んでいるように思えた。 一緒に歩んできたはずなのに、置いていかれてしまっているようで。 目を落としたままコンクリートの小さな穴を数える。 「皆を守れれば、敵を殺すことも仕方ないと思っていた」 キラはぽつりと独り言のように話し始めた。 「それが違うって気付いたのはつい最近、・・・アスランを憎んで殺し合いをして・・・」 の手に置かれたキラの手に力が込められる。 「死んだはずだったのに僕は生きていた。ラクスに問われて、教えられて、そして考えた」 ラクスと名前があがって一時地球軍に捕虜(保護)されていたピンクの髪のコーディネーターのお姫様を思い出した。 キラはラクスに助けられたのだろう。 いとおしそうに話すキラとその熱っぽい瞳にああ、そうなのだ、と理解した。 「それでやっと、何となくだけど見えてきたような気がするんだ」 キラは優しい瞳をに向け、微笑んだ。 「・・・やっぱりキラはすごい」 「そんな事ないよ」 「ううん。あたしがすごいって言っているのは今のキラへじゃないの。出会ってからずっとそう思ってたから」 意外な言葉にキラは驚きと共に顔が赤くなった。 「それは僕がコーディネーターだからだよ」 照れ隠しにそんなことを言ったのだろうけど、自分の中でのキラはそんな言葉では片付けられない。 死と隣り合わせの戦いの中で、勝てる保障もなく、それでもアークエンジェルを、自分達を守るために戦ってくれたのだ。 コーディネーターであることなんてキラ・ヤマトという人間の中にあるたくさんの中のひとつの要素にしかすぎない。 下になっていた自分の手を上にし、ぎゅっと握る。 キラは慌てたように赤味のさした顔を上げた。 「あたしがずっと尊敬してたのはキラ・ヤマト」 本当に嬉しそうにキラは顔を歪め、少しだけ涙目だになる。 (すぐ赤くなったり、泣き虫なのはそのままだ) は自分の知っているキラを見つけ、嬉くて頬を緩めた。 「でも、ビックリした。キラがあのお姫様といい仲になってるなんて思いもしなかった」 「え?」 「え?って・・・ラクス・クラインと。もしかして、まだ片思いだった?そうだよね、友達の婚約者だもんね」 「ちょっと待って!!ち、違うよ!!」 思いもよらなかった話をふられ、キラは慌てて否定した。 「ラクスは・・・そういう感情じゃないんだ。その、同士みたいな、指導者みたいな・・・とにかく恋愛感情は全くないの!!」 「えー?」 は納得していないように顔を歪める。 それもそのはずだ。 そんな真っ赤な顔で否定しても、肯定しているようにしか見えない。 「別にいいよ、内緒にしてるから」 「だから!!」 キラは怒鳴り声を上げて急に真面目な顔になった。 口をぎゅっと結んで何かを決意しているようにも見える。 「キラ?」 悪ふざけが過ぎたかと申し訳ないようにはキラを覗き込む。 次の瞬間、目の前がキラの服でいっぱいになり、すぐに抱きしめられているのだと分かった。 「ちょっキラ!ごめん、冗談だって」 はその腕から逃れようとしているのに、キラは力を緩めるどころか、逆に更に強めてくる。 ディアッカの時とは違う感覚に恐怖を覚えた。 「・・・キラ」 「僕が」 キラの声が耳をくすぐる。 その先を聞いてはいけないような気がした。 「僕が好きなのはだよ」 そう言ってキラの力が少し抜けた瞬間、は思い切りキラを突き飛ばす。 ただひたすら恐かった。 人に愛されるということが恐いと感じてしまった。 どうしてそんなことを感じたのか分からない。 でも、キラが怖かった。 突き飛ばされたキラは少しだけ傷ついたような笑顔を見せる。 「・・・ごめん。ただ勘違いして欲しくなかったから・・・」 こちらこそごめん、と言いたかったのにただ頷くことしか出来なかった。 喉が酷く渇いている。 「こんなときに本当にごめん。アークエンジェルも僕らもどうなるか分からないのにね」 どうなるか。 やはり、アークエンジェルは地球軍を離れるのだろう。 そうしたら自分達は・・・ 「あのっ・・・ねぇ、キラ、これからどうするつもり?」 やっとの事で声を搾り出したはキラに問い掛ける。 「僕は戦うつもりだよ、地球軍でもコーディネーターでもなくキラ・ヤマトとして」 キラは当然のようにそう答えた。 に向けた笑顔はそれはひどく綺麗ものだった。 時計を確認したキラは踵を返す。 「僕、もう行くね。もし、アークエンジェルが軍じゃなくなったときは降りて欲しい。 これ以上、僕は大切な人を失いたくないから」 そんな言い方はずるいと思った。 それ以上は何も言わず、そのままキラは中へ戻ってしまう。 好きだから。 大切だから。 それだけで危険から遠ざけてしまう。 その気持ちも分からなくはないけれど。 共に戦うことは許してくれないのだろうか。 それを許してくれないのはわたしが弱いから? それから程なくしてマリューから最後の召集があり、これからのことについて全てを告げられた。 「現在、アークエンジェルは脱走艦であり、わたしたちは自身の立場すら定かでない状況にあります。 オーブはこの事態に際し、我々はどうするべきか、 命ずるものもなく、わたしもあなた方に対して今はその権限をもちません。 回避不能となれば、明後日05:00戦闘は開始されます。オーブを守るべく、これと戦うべきなのか、そうでないのか 我々は自身で判断せねばならぬのです。」 毅然とした態度でマリューはそう告げるとざわつく兵士たちを残し、格納庫を離れた。 来るべきときは来た。 道は自分で決めなくては行けないのだ。 自分たちののオーブが戦場になる。 自分が出来ることがあるのなら、そして、共に意思があるのであればそれは大きな力になるのだ。 守りたい。 オーブを 友達を 愛する人を たちは決心を固めた。 始めは七人で使っていた一般兵士の集団部屋ももう、三人しか残っていない。 キラはパイロットになり仕官部屋を与えられ、トールは勇敢に戦って死んだ。 フレイは配属替えで、カズイはこの件でアークエンジェルを降りることを決めた。 「寂しくなったね、この部屋も」 「まぁ・・・仕方ないよな」 カズイの見送りが終わったあと、休憩時間が一緒だったサイとは入り口からすっかり寂しくなった部屋を見ていた。 「・・・はいいのか?艦に残って」 「正直迷ってるけど、でも、わたし達のオーブが戦場になるんだもん。それを見ないふりはやだから」 「そうだな。ここに残れば少しでもやれることはある」 二人は顔を見合って大きく頷く。 手をとって硬く握り合った。 はアークエンジェルに残ることを決めたのだ。 それをディアッカに告げようとサイと別れ、牢へと向かう。 捕虜は開放されるのではないかと聞いた。 地球軍でなくなった今、捕虜など何の意味もなさないから。 もしかしたらディアッカとは最後の別れになるかもしれない。 ここで彼と共に逃げることも出来る。 ここに残ることも出来るかもしれない。 でも、彼がそれを望まなければ意味のないことだ。 ディアッカのことが好きだからこそ、彼に自由を与えたい。 彼の心ままに道を選ばせたいと思ったのだ。 それが自分と決して交わらなくなるとしても。 だから、これが最後になるかもしれないと覚悟を決めていた。 いつものとおり難なく開く扉。 「ディアッカ?」 様子をうかがうように声をかける。 いつもならすぐに帰ってくる返事も全く返ってこない。 ただ声が壁に反射して帰ってくるだけだ。 嫌な予感が胸をかすめる。 心臓の音がドクドクと煩く響く。 一歩づつ、一歩づつディアッカがいるはずの牢へ近づいていった。 ドアが開いている。 目の前がぐらぐらした。 立っているのが辛くなりその場に座り込んでしまった。 震えている。 手も足も、体全体が震えている。 怖かった。 ディアッカがいない。 どうしてこんなことになっているのだろうか。 彼はどこへ行ってしまったのだろうか。 怖い 怖い 怖い わたしはまた大切な人にありがとうもさよならも伝えられなかった。 「?」 名前を呼ばれ振り返ると、扉のそばにミリアリアがいた。 「どうしたのこんなところで?」 おかしな様子ののを見て心配したように近寄ってくる。 そのミリアリアの手にはディアッカの着ていた物があった。 まさか、ミリアリアがディアッカを釈放したのだろうか。 体の中を変なものが駆け巡る。 「あたしトールと付き合うことになったの!」 「あ・・・いや、さっき外跳ねがこれ持ってきてさ、お前の事聞いたんだよ 倒れたんだろ?こんなところ来て平気なのかよ??」 溢れてくるものを抑えられない。 「なんで・・・」 はただひたすら目の前にいるミリアリアに酷く汚い感情を抱いていた。 トールも ディアッカも わたしの大切なものを奪った人 悔しい、憎い、本当に憎い その時、の中で感情が爆発した。 「なんでいつもミリィなのよ!!!」 |