「レイもプラントへ行くの?!」

誰にも知られずにシャトルポートへ行くはずだったレイは一番見つかりたくない二人に見つかってしまった。

レイの正面にはルナマリアとシンがいる。

「ああ」

と一緒のシャトルで?」

シンが訝しげな顔で問い掛けてきた。

「そうだが、何か?」

「まさか、に付いていくんじゃ?」

「他にプラントへ行く用事などないだろう」

「なんで」

「シャトルの時間に間に合わなくなる。じゃあな」

シンの言葉をさえぎり、レイは二人の間をすり抜けて言ってしまった。

その背中を見ながらルナマリアもシンも納得のいかない顔をする。

「何あれ?気持ちわるっ」

言いすぎだぞ、とルナマリアを抑止しながらもレイに対してシンもそう思っていた。










椿姫
・・・ポインセチア・・・











「レイ!レイってば!」

自分を呼ぶ声に気付き、目を擦りながら起き上がる。

「よく寝てたわね、一回も起きなかったわよ?」

「・・・どこだ?」

「どこって、プラントに着いたわよ」

「プラント?」

訝しげな顔を向けるとは眉を寄せ大きなため息をついた。

「ちょっとーやめてよ、レイ?一緒にプラント来るっていたでしょ?」

そうだ。

やっと完全に覚醒したレイは自分の状況をつかむことができた。

今日、急にと一緒にプラントへ行く事になり、シャトルへ乗ったのだ。

シートへ着いて、安定圏内に入ってからすぐに睡魔が襲ってきて、今に至った。

(そうか。・・・久しぶりに眠りが深かった、気がする)

「降りて手続きするから急いでね!」

そういうとは早足で出口へと向かっていく。

レイもすぐに立ち上がりの後を追った。



突発にとはいえ、今更やってしまったことについて考える羽目になるとは思わなかった。

窓から覗く豊かな景色に頭を抱えそうになる。

(本当にプラントに来てしまった)

久しぶりのプラントは何も変わってはいなかった。

前と変わっているものといえば隣にいる人物と、

自分だろう。

手続きはすべてが行い、順調に進んでいた。

ここでもは相変わらずたくさんの人に声を掛けられている。

しかし、どれもこれも軽く挨拶を交わして通り過ぎてしまった。

レイは横に並んで歩いてはいない。

声をかけられる度にどくのも馬鹿馬鹿しかったし、自分がそういった対等な位置にいるとは思わなかったからだ。

自分よりも短いの髪が足取りにあわせて揺れるのをただ見ていた。

だから、何だというわけでもなかったが、飽きはしなかったのでずっと眺めていた。

「レイ起きてる?」

ふと、振り返られどきりとする。

「これが寝てるように見えるか?」

そのままレイとの距離を縮め、隣へ立って歩き出した。

彼女が上下関係に固執しないことは知っているが、レイは無駄に落ち着かない。

「そういうのも得意技のひとつかもしれないじゃない」

「出来てルナマリアぐらいだろう」

レイがそう返すとは口を大きく開けて笑い出した。

「あはは、本当にレイって面白いね」

「今の話は俺よりルナマリアのことだと思うが」

「いやいや、レイだよ、レ・イ。いちいちちゃんと相手にしてくれるんだもん。あーおかしい!」

いまいちの言っている事が理解できなかったレイは眉を寄せていたが、

楽しそうに笑ってるを見てそんなことはどうでもよくなってしまった。

話をしながら歩いていたら、いつのまにか表の出口が見えた。

そのころには隣を歩く事にもそれなりに抵抗がなくなっていた。

「・・・あのバカ」

ポツリとつぶやいた声にレイは隣にいるを見る。

台詞とは裏腹に前を見据えていたの顔が僅かに和らいだ気がした。

その視線の先を追い、目を凝らす。

白い軍服が目に入った。

(隊長服?)

「貴様ぁ!朝一でくるといっておきながら、何だその様は!!」

距離があるにもかかわらず、回りを気にせずこちらにむかって金繰り声を上げてくる。

あちゃーと顔をしかめるとは走り出した。

レイも慌てて後を追う。

近くにまで来て、レイはやっと誰なのか理解することが出来た。

ルナマリアが言っていた、”あの”ジュール隊長だ。

「ごめんね、イザーク。わざわざ出迎えに来てもらって」

「ちょうど休憩だったから来たまでだ。・・・それにしても、貴様が教官なんて世も末だなぁ、?」

「あはは、楽しいわよ、あの頃みたいで」

二人は赤服と白服でありながらもそんな差はないかのように話している。

は自分たちと接しているときと少しだけ違う感じで微笑んでいた。

イザークも口ではきつい事を言っているが、表情はやさしい。

さすがに戦友だけあってお互いファーストネームで呼び合っている。

二人との距離は大してないはずなのに一人だけ置いていかれているような感覚だった。

レイは視線を落とし、自分のつま先をただ眺めていた。

の髪の動きを見ていたときとは違い、すぐに飽きてしまったが。

「悪いな、今年は行けなくて」

「ま、仕方ないでしょ?気軽に休みを取れる階級じゃなくなったんだから」

「ディアッカは明日行くと言っていたぞ」

「うん。聞いてる。だから一人じゃなんだからガードマン連れてきたのよ」

肩をたたかれ、レイは泳がせていた目を慌てて定める。

イザークと視線がぶつかった。

きりりとした目はやはり思いのほか優しく見える。

「彼はレイ・ザ・バレル。今年のエリート君です」

「はっ生贄だな」

そういって視線をに戻し、口の端を上げた。

「あーあー、そんなんで隊長やってるかと思うと、ジュール隊の方々が可哀想でしょうがないわよ」

「貴様らと違って口が減らないやつなどいないからな。きちんとした軍人ばかりだ」

「へぇーディアッカも?」

”ディアッカ”という名前が出てきてイザークは苦虫を噛み潰したような顔になる。

「腐れ縁もここまでくると呪いのようなものね」

「貴様ぁ!今日とい」

「あーほらほらイザーク、そろそろ休憩終わりじゃない?あたしたち、行かないといけないから」

はレイの手を掴むとイザークの脇をすり抜けて駆け出した。

慌てて振り向いたイザークには大きく手を振る。

「じゃ、イザークまたね!」

それを見たイザークは大きくため気をついて手を振り替えした。

レイは敬礼で返し、手を引かれるまま走り続けた。



エレカポートまで一気に走ってきたたちは、さすがに日ごろの成果もあり、息ひとつ切れていない。

「よかったのか?ジュール隊長は」

「いいの、いいの。昨日も散々説教いただいたんだから」

肩を竦めると口を曲げたままエレカに乗り込む。

レイも続いて助手席に乗り込んだ。

「それにイザークたちにはすぐにまた会えるしね」

口元に笑みを浮かべながら操作を始める。

本人が別にいいというのなら大丈夫だろうとレイもそれ以上詮索はしなかった。

しかし、この世の中で軍人をやっていて”すぐに会える”といえるのはすごいと思った。

彼はから堅い信頼を得ているのだ。

「これからどこへ行くんだ?」

行き先を打ち込んだがハンドルを握る。

「さーて、どこでしょう?」

「俺がわかると思うか?」

「あはは、だよね。まぁついてきて」

(今日は変によく笑う)

いつになくおかしな感じがしたをレイは横目で見ていると自分の髪が頬をくすぐった。

エレカが走り出したのだ。



途中、目的地かと思った街中では花を買い込んだだけで終わった。

そのままエレカはマテュース市郊外を目指していた。

どんどん進んでいく車の中でもはよくしゃべり、よく笑っている。

いつもと変わらないようにも見えたが、レイは不信感をぬぐえなかった。

ここまできて、自分はまだ何もわかっていない。

それがレイの不信感を余計あおった。

分かった事といえば”一年に一度しか会えない人”は一人で会うのではなく、

毎年イザークたちも含めて数人で会うものだったということだけだった。

最初にあんな顔で”一年に一度しか会えない人”と聞いたときには少しばかり動揺したが、

数人で会うとなれば、ただの旧友に会うだけなのかもしれない、と思っていた。

「見えてきたよ」

まっすぐな通りの先に小高い丘が見えてきた。

レイはそこがどこなのか知っていた。

(・・・墓地じゃないか)

レイはちらりとをみる。

いつもだったらすぐに自分の視線に気付くのに、はずっと熱心に丘のほうを見つめている。

(ああ、そうか)

買い込んだ花。

の変な様子。

レイは理解しなければならなかった。

ここには彼女のかけがえのない大切な人が眠っているのだと。

なぜか悔しくて服のすそをきつく握った。



墓地に近づいてからはは逆に極端に口数が減ってしまった。

もくもくと墓標の前に花を置いて、手を合わせ黙祷を捧げていた。

どれもこれもあの戦いで死んだものだろう。

墓標に刻まれた年号でそれを理解し、きっとの同僚ではないかと推測出来た。

複雑な気持ちだったのはほとんどが自分と変わらない年頃の兵士のものだったと言う事だ。

買い込んだ花束が最後の一つになると綺麗に墓標が敷き詰められた敷地を抜け、細い小道を進んでいく。

ここに来て小一時間は一緒にいるはずなのにまだ一言も口をきいていない。

どうして自分はここにいるのか急に不安になった。

なんで自分だったのだろう。

どうして自分だったのだろう。

自分はのなんなのだろう。

・・・なぜ、何も言ってくれないのだろう。

目の前がまぶしくなってレイは顔を顰めた。

小道が終わりを告げ、開けた場所へ出たのだ。

マテュース市が一望できる小高い丘だった。

ここからこんな景色が見れるとは思っていなかったレイはその景色に目を奪われた。

しかし、は全く気にも留めず景色に背を向けるようにして立っている。

その奥に小さく慎ましやかに一つの墓標があった。

誰かが前に訪れていたのだろう、花が添えてある。

レイは隣へ立ち、墓標に刻まれた名を読んだ。

(ニ・・・コル・アマルフィ)

--ニコル・アマルフィ--

聞いた事がある。

確か、と同じ二期前のクルーゼ隊で赤服だったはずだ。

「ただいま、ニコル」

は腰を落として手を合わせた。

レイもそれに続いて手を合わせる。

「わたし、また帰ってこれたよ、ここに」

ゆっくりと優しく墓標に告げられたのは胸が掴まれるような言葉だった。

レイは墓標を見つめていたが、が気になって仕方なかった。

「ふふ、また、やられたか」

「何をだ?」

「この花」

そう言って先に添えられていた花束をみていた。

「知り合いじゃないのか?」

「んー分かんない。去年もこの花で、必ずあたしたちより早くきているの。それに誰も姿をみていないし」

は目を花束に落としたまま優しく微笑んでいる。

悲しそうに、それでいて嬉しそうに見えた。

「見ていないけど、あたしはアスランだと思ってる」

レイはすぐにパトリック・ザラの息子、歴代きってのエリートパイロットを思い出す。

「アスラン・ザラか?」

レイの問いかけには何も言わなかった。

その沈黙がレイは嫌だった。

いつもならば余計な事まで喋るくせにどうして黙っているのか。

それが不安を駆り立てる。

しばらくするとは立ち上がり、背後に広がるマテュース市を見つめた。

レイが隣へ立つといつもと変わらないような笑顔を見せた。

「いい天気でよかったね?」

今度はレイが返事を返さなかった。

は仕方ないといった顔をして視線をマテュース市へと戻す。

レイは知りたかった。

何を抱えているのか。

何を思っているのか。

どんな些細な事でもいいから知りたかった。

何も知らずに取り残されているのも嫌だったし、何か力にもなりたかった。

聞いてはいけない。

でも、聞きたい。

そんな葛藤の間を一陣の風が吹き抜ける。

レイは堅く口を結んだ。

「嫌なら、答えなくてもいい、知りたい事がたくさんある。」

「調べてみなよ、きっとそれ関連の書物はたくさんあるよ」

の口から聞きたい」

真剣な目を向けるレイに困ったように眉を寄せへらりと笑った。

「どうしたの?変だよ?」

「自分でも驚いているが、の方がもっと変じゃないか」

レイはじっと目を見つめた。

譲らないような目を向けていたは諦めたように目をそらし両手で顔を覆う。

「あたしの話は偏っていると思うよ?」

「かまわない。俺はの口から聞きたいんだ」

まったく、とぽつりとつぶやいて手すりに腰掛けた。

彼女はまた墓標に視線を戻す。

「彼はヤキン・ドゥーエで?」

レイの指す”彼”とはニコルのことだろう。

は静かに首を横に振った。

「もう少し前。本当ならあたしが死ぬはずだったの」

いきなり出たその言葉にレイはぞくりとする。

誰が言うよりもリアルに聞こえたからだ。

「自分なら何とかできると、自負してた。そう思っていた身勝手な自信が人を・・・ニコルを殺したの」


彼女はかつてこう言った。

自分はたくさん道を踏み外した。と。

その言葉の意味がやっと、何となくだがわかったような気がした。


「アカデミーの時から少しだけ人より人を殺す能力が秀でていただけで褒められて、ちやほやされてた。

 それは軍人になっても同じだったの。戦う事が守る事だって信じ込んでいて」

は一息入れるように短く息を吐いた。

レイは気が気ではなかった。

自分たちが必死で学んできた事をはあっさりと”人を殺す能力”と言ったのだ。

「そんな大儀の為に友達もたくさん失った。でも、結局はその倍以上も人を殺してきているのよ。誰かの大切な人を。

 あんな・・・あんな戦争があったって、人はまだ戦争を続けようとしている。

 大事な人を失ったから、その敵を討とうとしてまた戦う。この悪循環に誰も気付かない。

 それに気付いた人が何かをしようとしても、それからまた戦いがはじまってしまう」

青く晴れた人工的な空を見つめ、仰いだ。

レイはの言っている事は理解したが、だからこそ腑に落ちないこともある。

「じゃあ、何ではザフトにいる?」

「ここでしかない、わたしのやれる事があると思ったから」

レイの問いかけにはすぐに答えた。

その表情には迷いはなかった。

しかし、すぐに目を落として、足元の砂を少し蹴る。

「でも、またそれはわたしの驕りかもしれないけど。

 皆、戦ってる。・・・殺し合いじゃないけれど、苦しくて大変な戦いを今でも続けてる・・・だから」

唇をかみ締めて、まるで零れてくる何かを必死にこらえようとしているようだった。

レイは思わず手すりに掛けられていた、の手に触れる。

ひどく冷たかった。

その冷たさはの心の中にまで伝わってしまっているのだろうか。

こんなにたくさん考えて悩んでいるのに、なぜそれ以上に自分を戒め許しを乞おうとしているのだろう。

そんなのは悲しすぎる。

はもう、許されてるんじゃないのか」

レイはそう思ったままを口に出した。

驚いて顔を上げたの目は大きく見開かれている。

「ここで死んだものたちはお前が死にに行けと言ったのか?お前が盾になれと言ったのか?」

レイの真剣な瞳がを射抜く。

小さく微かに首を横に振った。

「でも、”敵”だといってたくさん殺したのよ?」

「その敵にだって覚悟があっただろう。殺す覚悟があるのなら殺される覚悟もあるはずだ。

 覚悟をしたものたちはそれを理解している。生きているやつがそんなことを気に欠けていたら死んだものたちが気の毒だ。

 それに、そんなことも分からずに戦っているやつらがいたとしたら、そいつらがバカなんだ。」

一度視線をはずしたレイは一呼吸あけ、再びを見る。

「少なくともお前は違うんだろう。それをちゃんと分かっている。分かっているやつは道をもう違えない。」

の顔がくしゃりと歪んだ。

どうとも取り難い表情でレイを見つめていた。

「あーもう、やだぁ。また同じ事言われるなんて思ってもみなかった」

歪んだ顔は一瞬笑顔に変わり、そして、悲しそうな顔へと変る。

は添えられていたレイの手を握り返し、あいている方の手で目元を押さえた。

唯一繋がっていた手が微かに震えている。

レイはそれ以上何も言わず、も手で目元を押さえたまま黙っていた。


「・・・レイ」

「なんだ?」

「もう、一ヶ所だけ付き合って欲しいところあるんだけど、いいかな?」

顔を上げたはいつもと変わらない笑みでそう言った。

「もう一箇所だけだぞ」

「ありがとう」

は手を掴んだまま歩き出した。

いつものレイならば振り払っていたところだが、それはできなかった。


その手がひどく温かかったから。





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